変化し続けていい

この世の中に止まってしまっているものなんてないのに、気持ちが変化するという事ってまるで罪の様に思ってしまう事があります。
ほら、あるでしょ、恋人同士の会話でも、「あなた、変わってしまったのね、、、」みたいなのとか、自分の決断でも「やると決めたのに!!」とか。

一瞬一秒たりとも同じものは存在しなくて、体だって、刻々と作り替えられてて、昨日と同じように、今日も私の目があって、口があって、変わらない様に見えるけど、実は一瞬一瞬それは違うものなのですよね。(ブログでアップしたように、アレルギーだったのかわからないけど、とにかくその反応が収まってきて、普通な感じになってきたので、日に日に顔が変わってて、日々細胞が入れ替わっているという事を実感中ですが、、、)

”変わらない”を前提にしていると、全ての事が歪んでくるんだと思います。
それは、型にはめにかかっちゃうから。

人の感情も、この発言をした時点では、確かにこの気持ちで、でも、次の瞬間に微妙にニュアンスの違う感情になっている、そう言うのを色んな出来事の仲で時間系列の中で繰り返しながらいくから、心が成長していくって事になるのだと思うけど、その、変化するって事に対して、それでいい、って思えていないと、ものすごく色んな事がややこしくなってきます。

まず、自分が何かを表現する時に、人は言葉を使って表現する事が大きな表現手段な訳だけど、いつまでも、変化したあとの自分の言葉じゃなくて、以前の自分の言葉で表現してしまったりして、表現した事が自分を表していないっていうストレスを抱える事になる。いや、それさえも表面的には気付かないケースも多いのかもしれない。でも、心をまっすぐ出したときの爽快感というものがそこになければ、それは、”今”の自分をまっすぐ表した事を表現できていないって事なんだと思うんですよね。

それには、自分で、自分が変化し続けていいんだっていう許しを大元で与えれてることかなって思います。自分が変化してもいいって許せると、人が変化する事に対して許せるようになるし、変化し続ける存在として、表現できるだけの方法を使って表現していくって事が可能になって来る。

自分が変化する事を許せてないと、もちろん人が変化する事こそ許せなくって、「前にあの人はこう言ったのに!なんで?!」とか、「あの人は変わった!」とかって事になる。そして、自分も変化を許せていないから、変化していないように過去の自分として自分を表現しようとする。そこには、今のリアルタイムで意思疎通なんか生まれないのですよね。変わってしまった事をなじり合うばかりになってしまって、生産的でもないですしね。

お互いに、人は変化するものだと言う事がニュートラルに認めれていて、今現在の自分を表現する術を尽くして出来る意思疎通がで来たら、コミュニケーションってもう少しうまく行くのかもしれません。

そもそも、コミュニケーションって、話す、書く、表情で伝える、動きで伝える、、、色々あります。
コミュニケーションの手段って色々用意されてて、それぞれ、伝えることができる守備範囲が違っているんだろうなって思います。
こっちがしんどい時に、相手は黙ってても、あったかい飲み物用意してくれたら、その相手の心は通じるし、逆に、そんな時には、どんなに言葉を尽くしてくれても、そのあたたかい飲み物を用意するって言う行動には、かなわなかったりするんだと思います。

って、また話がずれたけど、
いいたかったことは、自分が変わっていっている存在だって事、それは、どんな人でも止められないし、それが生きるっていう事だということを、自分が認めてあげて、まっすぐ今の自分を表現していく事を怖れないで生きたいってことですね♪
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by pineheath | 2013-04-25 02:28 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)
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