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幸せの自己発電


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もう1月ももうすぐ半ば。2013年の24分の1が終わろうとしています。そして、さらに15日ほど経ったら一年の12分の1が終わった事になる。
時ってどんどん流れていますね。

新年に立てた今年の抱負、かなえる方向で動けていますか?

私は、書いてたように、年末年始の大掃除があっていたので、ちょっと出遅れましたが、さらにパワーアップした感じで、その後はやりたい事に向かってまっしぐらに進めている感じがしています♪

誰でもね、潜在意識に居座っている色んな執着を手放せば手放すだけ、どんどん自分との関係が楽になってきます。
半年間IHのセッションを受けていらっしゃるクライアントさんが、IHをやると変わるスピードが速くなるって言ってました。
ヒーリングはどれも効果があるけど、IHの場合は変化が分かりやすいと。
彼女は、他のIHプラクティショナーからもセッションを受けてて、ここ最近3ヶ月くらいかな私の所にきてくれているって感じなので、私が彼女の半年間すべてを見てきた訳ではないのだけど、出てくるお題も、最初きてくれた頃はもっと身体的な事だったりしたのだけど、今は、精神的な事、それも、彼女の道を押し進めるような内容になってきてて、それだけでも見ててとても面白いです。

先日久しぶりにあった、ここでの日本人の友人が、「けいこさんはどんどん変わってきているよね。」って。そう言ってくれました。

多分良い意味で言ってくれたのだと思うけど(というか、私はそう受け取ったけど、笑)その友人とは時々しか会えないのだけど、ブログを見てくれているので、私の変化を感じてくれているようです。
なんで、良い意味で言ってくれているって私が思えるかだけど、それは、私が、今の私の方がずっと私だっていう実感があるから。
毎日、やりたい事に向かって行ける気持ちがあるから。
私らしいって思うから。私が私である事が楽だから。
毎日ヘトヘトだけど、ヘトヘトになるくらいにやりたくてやっていって思える事がある事がこの上なく幸せだから。

私は変わったと思う。
変われたと思う。

ちょっと今日は3年ちょっとまえの私がどんな感じだったかについて、書いてみます。
ヘルスセッションとかで親しくなったクライアントさんにはシェアーした事のあるストーリーだけど、ほとんど人に話した事のない話です♪

2010年、夏に日本に帰省して、アメリカに戻ってきて、ぽつんとしたどうしようもない孤独感に押しつぶされそうになっていました。

子供は活き活き現地学校に行ってて、旦那さんは自分の研究という道を厳しいながらも進んで行ってて、で、私は。。。。。。。
ちょうど、その頃、私は『クラゲ』のようだと心底思っていました。
海に浮かぶクラゲ、海の流れのままに流されているクラゲ。自分の意思があるのかないのか、ただ流されて行くクラゲ。私はそんなだなって。

なぜか母である事、妻である事だけでは、満足できていませんでした。そして、その気持ちをどうしていいのかさえ分からなかった。

それはアメリカにその時で7年くらい住んでて、周りに日本人がいなくって、って、そんな事が原因なのかなって思っていました。
日本人の友達からは、アメリカ良いねーって、英語しゃべれるんでしょう?って。日本帰省中にもさんざん言われて、そんな人達に、「いえー、私は孤独です。。」って言って回る訳にも行かず、「うん、アメリカ生活も良いよー♪」って幸せな振りをしてきていました。

だって、さすがにアメリカわたって2−3年までは、「大変でしょう?」とか言ってくれる友達もいたし、「嫌なら帰っておいで」とか、自分の親なんかもそうやって優しくしてくれたけど、(そんな時は、いや、まだ頑張るってなんとか頑張ってきてて、頑張った先には何かあるはずってやってきてて、、、)でも、7年経ったところで、皆がもう私がか以外にいるって事さえさすれた頃に、「私、まだ寂しいのです、孤独なのです」って、言えないよねー。(あの時の自分がそう素直に言えてたら、もっと楽だったかもしれないですね。いつまでそんな事言ってんだって言われるってどこかで思っていたんでしょうね。)
増々楽しいふりは出来るけど、そして、表面的には確かにたのしい所が増えたけど、中心に居座るどうしようもない孤独感は広がるばかりでした。このブログも、当初は日本の家族に向けて書き始めた物だったから、当時の自分の記事を読むとちょっと痛いです。

なんとか、周りのアメリカ人たちとは仲良くしているけど、じゃあ、私が私そのものを表現できているかって言ったらやっぱりそんな事なくって、でも、毎日はどんどん進んで行ってて、自分ではどうしようもあらがえない状態。

私さえ心から幸せならば、何の問題も無いはず。どうやったら私は幸せなんだろうー。そんな想いを抱えて生きていました。

でも、取り残されている、本当のつながりを感じない、寂しい、私なんてどうでも良い存在、っていう気持ちがしてしょうがなかった。

家族は最高に良い家族です。
でも、母である事、妻である事だけで、家族とのつながりはあっても、社会とのつながりを感じれていない私は本当に孤独を感じていた。そんなん、自己中心的な考えだって思う人もいるかもしれない。私も、自分で自分の事をそう思っていたから。だから、余計しんどかった。そして、その気持ちがさらに自分が本当に感じている事を認めないっていう自己否定になっていました。

そんな、ある晩、本当に寝られなくって、布団の中で神様だか、何か分からないけど、私を存在させている何かに必死で祈った事があります。

「なんで私は生きるのですか?」って。
これは、あとで『Pray, Eat, Love 』って本を読んで、この本の著者と同じような経験だったんだなってすごく興味深かったけど、私の経験も、本当にそんな感じだった。

そしたらね、その訴えに対して、私の声じゃない男の人の声で、私の内側から、聞こえたんです。

聞こえたんです。声が。

「愛を感じる為だよ」

と。

その言葉は、私の中にはない答えでした。私のアイデアではない言葉。

そして、一瞬で胸に届く言葉でした。

その言葉だけで、一瞬で私の苦しみは、すーっと楽になったのを今でも覚えています。

「愛を感じるため」

なんてシンプルなんだろうーって、思いました。

それなら、私にも出来る。愛を感じる事をして、愛の交換をしていく事をして行けば、それでいいんだ。それが究極なんだ。

今振り返ると、その直後から、私の人生は第二ステージに移行し始めたんじゃないのかなって思います。(この第二ステージについてはターニングポイントという精神世界の鉄人さんという方の記事をどなたかががFBで「いいね」してて、読んでみたら私が思っている事をうまく言語化されていると思いました。直接知っている方の記事ではないけど、とても良いです。)

その直後になぜかフッと、以前、興味があって調べていたホリスティック栄養学校の事を思い出して、検索してみてびっくり。
以前調べたときは確か、直接通える生徒しか取ってなかったからメイン州からNYに通うなんて無理、おまけに小さい子供がいてってあきらめたんだけど、それが今ではDistance learningというシステムを導入し始めた事。
それでは、ウェブを使って授業があったり、電話、スカイプを使って自分のメンターと話したり、完全に遠隔で講義が受けて行けるシステムが確立していました。
興奮して、興奮して、興奮して(笑)
「絶対、これ!!」って思いました。

もちろん、旦那さんに話したらあっさり反対され(笑
親から借金してでも、絶対この学校に絶対入るから!!って宣言しました。
(結局は費用を出してくれました。大感謝!!)

あとはねーもう、無我夢中、勉強して、練習一杯重ねて、色んな事に飛び込んで、クッキングクラスはじめて、ヘルスカウンセリングはじめて、そしたら、次なるキネシオロジー&IHとの出会いがあって、IHのセッションもどんどん練習して、そして、実際クライアントさん見るようになって、今では沢山の方と繋がれるようになった。クライアントさんとは、プラクティショナーとクライアントさんという区分けがあるけど、私は人間同士のつながりをしっかり感じさせていただいてて、そこには愛の交流を求めて繋がらせてもらっています。

あの、ベッドで泣いていたあの時の私に今の私が想像できたかな。今いる自分の位置はあの時の自分からは想像すら出来ない所です。

だからね、私の基本は、信じる事なのです。あの時聞こえた声に今でも支えられています。

でもね、この道の途中までは、結構最近までは、「以前の自分に戻る事への恐怖」が頑張る動機の大きな部分を占めていました。
だからね、走り止まれない。怖くて走り止まれない感じだった。
一回止まってしまったら、あの時の自分に戻ってしまうんじゃないかって、恐怖以上の、なんだろう、その気持ち。
だから、義務感があって仕事やっている所があって、なぜか疲れるんですね、そうすると。
これは、はっきり自分で分かっていた訳ではないのですがね。

今思うとまだまだ、完全には健全ながんばりじゃなかったですねー。
何でも人って、そこを抜けたら、自分がいた所ってこういうとこだったんだなって見えるんですよね。
今は分かります。日々のセッションで私自身クライアントさんに向き合う事で、私自身のヒーリングが進んで、そこからやっとそこからも抜け出す事が出来たなって分かります。

今はね、やりたい!やりたい!やってみたい!だったり、これは絶対広めなきゃ!!だったりのやる気と、使命感に突き動かされてやっている感じです。

何が違うって、『やらなきゃーっ』て言うのと、『やりたい!』って言うのとの違いは、引き寄せることが違ってきます。だって、ワクワクが全然違うのだから。
そして、おまけに結果が気にならなくなってきます。

皆自分のステージを生きているのだと思う。
そして、それで良い。
自分を追求していいのだって思います。

悶々としていた頃、それでも、相当沢山の本を読みました。精神世界の本を読みました。マクロビについて研究、実践していました。健康とは何か、幸せとは何かについて、考え続けていました。
いつもいつもその時のベストを追求してきたなって、思います。(もちろん、くじける日もありました)
家族に対してもベストを尽くしてきたと自分では思っています。(家族の評価はどうなのかな?)
完璧にはいかなかったけど、頑張ってきたって思います。

皆がアメリカのカフェテリアでのランチを食べる中、うちの子供たちには、弁当を持たせてきました。子供が他と違って嫌じゃないように、子供と話してきました。
今では、子供は”カフェテリアのランチじゃなくてママの弁当が良い”って言ってくれます。

周りの友人たちも、家の子供が食べる弁当をおいしいもの食べているって認識してくれてて、つまんでくるらしい。それにも、子供の友人がきた時に、めげずに家で食べている物を食べさせてきて、家が食べているものに理解してもらってきたからだと思います。
完全アメリカ生活されている日本人のお子さんにお弁当持たせるのは結構な苦労だと聞きますもんね。

あの頃の事は今思うとしんどかったけど、一つ一つが今に繋がる大切な事だったし、それがあるからこそ、今の私がいると思います。だから、言える事はその時に目の前の事にきちんと向き合う事。

たまには腐ったって良いです。もうやだ〜って思ったって良いです。
でも、またちょっと元気が出てきたら、また一歩だけ自分に向き合ってみましょうよ♪

そんな私もまだまだ途上中です♪でも、3年前の自分とは違うって分かる。1年前ともかなり違う。ここ最近、数ヶ月前からもずいぶん違う。
見え方が違う、感じ方が違う。

今年1年も増々成長する一年にします。

さてさて、私の今年の私の目標は

”幸せの自己発電”

ーこの言葉は以前 ある人が使っていた言葉ですが、今年の私には、やっとこの言葉の重みが分かるようになりました。

他に依存する形で”私は幸せ”ってなるのではなく、私は私で幸せになる。もちろんそこに人間関係は必須だけど、そこに依存しない形で私は幸せであること。

〜〜がこうだから私は。。。。
〜〜がないから私は。。。。

そう言って、外側を言い訳にしない。文句があるなら変える、変わる。そして、変えられない事は他の解決策を探す。

そういう意味では、幸せの自己発電って、幸せの自己責任って事でもあるのかな。

自分で幸せの自己発電できて、だから人にもエネルギーをまわせる自分でありたいって思います。そんな中から愛の循環が起こる。そしてその輪がどんどん大きくなることをイメージしています。

今年の皆さんの目標はなんですか?1年の24分の1が終わったけど、その方向にベクトル向けれていますか?

いつも長い記事を読んでくれて、ありがとうございます♪
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by pineheath | 2013-01-14 03:28 | 以前の私がいた所 | Trackback | Comments(0)