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100パーセントで生きる

こっちに向かってみたいと思う時に、じゃあ、向かうか、それとも現状を変えないでいるかって選択肢があって、どちらをとるかはまったく自分次第。
でも、ここでどの道をとるかって、実は、後からみると、神様に決められいたんだなって分るのかなって思います。
だから、
向かいたいと思う方に人は結局向かうんだろうなって。

こっちに進むの良いなっておもってて、さらに、他の人がお勧めしたとしたって、結局は、その道に行かなかったりする人っているんだと思う。
そして、逆に、どんなに周りから反対されても、思った道に突き進む人だっている。

これってなぜかなって考えると、やっぱり、それが、その人のベストだからなのかなって思います。

で、どちらに進むのも、自分次第だし、それで良いのだけど、そんななか、後々後悔が残る人がいるとしたら、それは、その決断をした時に、自分が100%の自分で生きていなかった、100%自分と向き合って決断しなかったことなんだと思います。

向き合えば、答えは自ずと自分の中に見えて来るだろうし、その為に、目の前にこの事が現れているんだろうから。

自分の中に何かの気持ちが湧き起こったって事は、その種を自分が持っていたって事だからに違いない。その気持ちが湧き起こったときに、自分に向き合って、向き合って、100%の自分で、自分に向き合って、そして、出した結論ならば、それが、どっち方向の事でも、自分が納得いく事ができる。結局は、自分が納得できる事かってことが心底大事なんだと思う。そして、自分が心底納得して自分の人生を歩むためには、決める時に、100%”自分”に向き合って決める事なんだと思う。

そうして決めた事だったら、いつの日にか、自分の人生を誰かのせいにして、嘆いたり、腐ったりする事無く、山があっても、谷があっても自分の足で歩む事ができるんだと思う。

決断する時に、だって〇〇の事を考えると、、、とか、決断要素を、自分以外を中心に据えてみて、それらの要因からの結論を出してしまうと、結局、自分は、本当はこうしたかったのに、〇〇のせいで自分の人生は、、、って言い続けなければいけなくなる。
その結論は自分が間違いなく下した結果なのに。

いつかおばあちゃんになった時に、100%で生きたな、こう生きる運命だったなって振り返れるような、そんな自分でいるために、今、たった今を100%で生きていきたいな♪

ちょうど、運命って決まっているかってお話を聞きました。
インド占星術なんかを受けると、運命って決まっているンじゃん!!とえらく驚くのだけど、それでも、いつだってドライバシートに座っているのは私たちなんだって、同時に思うのです。

一応、この範囲から〜この範囲のクリエイトがあなたの人生では出来る可能性がありますよ〜って言う大まかな枠が決まってて、そこから私たちが一歩一歩踏み出す歩みでその枠が一定のところに決まっていくって感じなのかなって。
自分が自分をクリエイト出来るポテンシャルの中で、最高最善の状態をクリエイトする方向の事を出来た時に、私たちって喜びってものを感じるんじゃないのかなって。

だから、結局、色々ある中から、物事を決断していくのって、自分の中心が、そのチョイスを喜ぶかってことなんだと思う。

でも、色んな事がごちゃごちゃしていたら、この決断に自分が喜んでいるかさえも分らないって事に、直感とつながれなくなって思ってしまい、どつぼにはまって抜けれなくなったりして。

そんな時には、ひとつ、ひとつスッキリとさせていく必要があるんだと思う。

あ、そして、宣伝になるけど、そんな時には、一人キネシで自分の潜在意識と会話するのもお勧め。
(是非、自分メンテ講座へ♪)

100%で生きたいから、100パーセントで向かっていこう!
いよいよ、自分メンテ講座を開く旅に出発です〜♪
バスの中から、ブログ書いてます☆
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by pineheath | 2013-04-30 08:17 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

変化し続けていい

この世の中に止まってしまっているものなんてないのに、気持ちが変化するという事ってまるで罪の様に思ってしまう事があります。
ほら、あるでしょ、恋人同士の会話でも、「あなた、変わってしまったのね、、、」みたいなのとか、自分の決断でも「やると決めたのに!!」とか。

一瞬一秒たりとも同じものは存在しなくて、体だって、刻々と作り替えられてて、昨日と同じように、今日も私の目があって、口があって、変わらない様に見えるけど、実は一瞬一瞬それは違うものなのですよね。(ブログでアップしたように、アレルギーだったのかわからないけど、とにかくその反応が収まってきて、普通な感じになってきたので、日に日に顔が変わってて、日々細胞が入れ替わっているという事を実感中ですが、、、)

”変わらない”を前提にしていると、全ての事が歪んでくるんだと思います。
それは、型にはめにかかっちゃうから。

人の感情も、この発言をした時点では、確かにこの気持ちで、でも、次の瞬間に微妙にニュアンスの違う感情になっている、そう言うのを色んな出来事の仲で時間系列の中で繰り返しながらいくから、心が成長していくって事になるのだと思うけど、その、変化するって事に対して、それでいい、って思えていないと、ものすごく色んな事がややこしくなってきます。

まず、自分が何かを表現する時に、人は言葉を使って表現する事が大きな表現手段な訳だけど、いつまでも、変化したあとの自分の言葉じゃなくて、以前の自分の言葉で表現してしまったりして、表現した事が自分を表していないっていうストレスを抱える事になる。いや、それさえも表面的には気付かないケースも多いのかもしれない。でも、心をまっすぐ出したときの爽快感というものがそこになければ、それは、”今”の自分をまっすぐ表した事を表現できていないって事なんだと思うんですよね。

それには、自分で、自分が変化し続けていいんだっていう許しを大元で与えれてることかなって思います。自分が変化してもいいって許せると、人が変化する事に対して許せるようになるし、変化し続ける存在として、表現できるだけの方法を使って表現していくって事が可能になって来る。

自分が変化する事を許せてないと、もちろん人が変化する事こそ許せなくって、「前にあの人はこう言ったのに!なんで?!」とか、「あの人は変わった!」とかって事になる。そして、自分も変化を許せていないから、変化していないように過去の自分として自分を表現しようとする。そこには、今のリアルタイムで意思疎通なんか生まれないのですよね。変わってしまった事をなじり合うばかりになってしまって、生産的でもないですしね。

お互いに、人は変化するものだと言う事がニュートラルに認めれていて、今現在の自分を表現する術を尽くして出来る意思疎通がで来たら、コミュニケーションってもう少しうまく行くのかもしれません。

そもそも、コミュニケーションって、話す、書く、表情で伝える、動きで伝える、、、色々あります。
コミュニケーションの手段って色々用意されてて、それぞれ、伝えることができる守備範囲が違っているんだろうなって思います。
こっちがしんどい時に、相手は黙ってても、あったかい飲み物用意してくれたら、その相手の心は通じるし、逆に、そんな時には、どんなに言葉を尽くしてくれても、そのあたたかい飲み物を用意するって言う行動には、かなわなかったりするんだと思います。

って、また話がずれたけど、
いいたかったことは、自分が変わっていっている存在だって事、それは、どんな人でも止められないし、それが生きるっていう事だということを、自分が認めてあげて、まっすぐ今の自分を表現していく事を怖れないで生きたいってことですね♪
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by pineheath | 2013-04-25 02:28 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

急激なデトックス

スピリチュアルに関わるようになって、色んな事が、激しく起こるような気がしています。
ここ数日は、久々に参っていました。

娘の誕生会を予定していた前辺りから、耳のあたりにぷつっとでき、痒みがスタートして、それが誕生会当日には顔全体と首に一気に広がり、赤みを持った発疹が見るも無惨に広がっている感じになりました。
そして、誕生会はお泊まり会だったのだけど、翌朝には、さらに無惨な感じに広がっているー。
久々に、救急病院に行きました。
一応、診断は、『接触性アレルギー』シャンプーとか、石けんとか、顔のローションとか、そういうつけるものに反応しているって。
でも、ここ最近で変えたものは無いし、これという原因は思いつかない感じ。
とにかく、何もつけるのをやめにして、様子を見るしか無いといわれました。
それでも、「あれ?なんか変?」と思った日から、石けんも、シャンプーも、化粧もつけるのやめにしているけど、悪化の一途をたどるんですが、、、って感じで、でも、こういう皮膚の事って、本当に解明されていない事が多い、結局は、自分でどうにかするしかないのねーと、覚悟を据えて救急から帰ってきた感じでした。そこから私がやった事〜
IHのセッション(スッキリした自分で、〇〇する)って目標で最後まですすめました。(なので,とりあえずは、統合期間2−3週では落ち着くだろうと信じ)
キネシで色々カードつくって引くと、とにかくデトックスしろってことばかりがでてくる。
なので、自己流デトックス開始。
有能なホメオパス友達のまき子さんに相談して、勧められたレメディー(Apis とHist) をとり始める。
ちょうどアーユルベーダのスペシャリストでもあるサイモンからフォローアップのセッションを受ける事になっていたので、サイモンに相談して、コリアンダー(香草、パクチー)の青汁を飲むように言われて、それを飲み始める。( それは、私がピッタ体質だから。ピッタ過剰の時の発疹にはコリアンダーの青汁がいいようです)サイモンも、チャーートで見ると、4月30日までには落ち着くよと言ってくれる。
睡眠をしっかりとる。 仕事量を減らす。
(実際、セッション予約を延期させて頂いたクライアントの皆さんには、本当にご迷惑をおかけしました。)
顔の皮がボロボロと取れてきたので、ココナツオイルをつける。(これもピッタには適したオイル)

ここまでして、顔の腫れは引いたし、悪化の一途をたどっていた感じが折り返しに向かったって感じです。
顔の腫れが引いた所で、気持ちも少し冷静になり、ちょっと冷静に自分を省みてみると、かなり色々無理していていたなと気がつきます。睡眠を削っていたし、精神的にも、色々な事があったりして、からだと心が追いつめられていたのだなーって、、、。私よ、ごめん、、、って感じです。
ヘルスカウンセラーとして、人には色々言えても、自分の事となると、見えていない部分ってあるんですね。
なので、今回、ここまで急激なアレルギーのようなものが出たのは、しっかり体からのメッセージでした。そして、これはもちろん良くなるためのメッセージです。

また、私には、これだけホリスティックな対処法がそろっている事を感謝した次第です。病院に行って、治らず、その後って普通の人だったらどうするんだろう? もっと、大きな病院に行って、ステロイド処方してもらうとかになるのかな、、、

私の今回のは、もう、マックスだよー。ちょっと、もう少し自分を見てあげてーっていう体からのメッセージだったのだけど、ステロイドべたべた塗って、とりあえずきれいにしてしまっていたら、そんな気付きに至っていたかはかなり不明ですね。

ああ、それと、デトックス生活というの、直感を使って食べる考えのみでやっていくと、なかなか、デトックスしたいって感覚ってならないというか、毒素がたまらない生活を直感を使って出来ているのが理想なので、あえてデトックスしようとは言わないでもいいのかなって思っていたのだけど、食べ物だけじゃない色んな事のストレスで、こうやって足を踏み外すってことも充分あり得るんだなー、そしたら、そんな時にはやっぱりデトックスが効果的だなーって、「デトックスしなくていい主義」に行きそうになっていたけど、ある意味、また中庸にもどった感覚がしています。
直感を使って食べる、を心がける。で、時々必要ならデトックス♪ そんな感じでしょうね。

こうやって、ひとつひとつ学んでいくのですよね〜。

最初に書いたように、スピリチュアルの事をやるようになって、色んな事が急激に起こるようになったのだけど、それは物質的にも起こって、少し前に「やばい〜不調〜、、」って思った時には、一番大切にしていたエンジェルのクリスタルが割れてしまいました。ショックでショックで、そう言うのに詳しい人何人かに聞いてみたら、それは、私の変わりになって、クリスタルちゃんが私の不調を吸収して割れてくれたとの事。「ちゃんとクリスタルとつながれていたんだねー」と石に詳しい友に言われましたが、本当にそんな事があるんだなークリスタルでも割れるんだな、、、って思うと同時に、大切にしていたものだったからすごく寂しくて、同時にありがとうって気持ちが湧いてて、、、ってしたのですが、

今回はね、何と、金属のブレスレットが切れたのです、、、。その救急病院で、診察してもらう時に、ガウンに着替えていたら、なんか床にブレスレット落ちていると思ったら、私のでした。。。

金属でも切れるんだー。特に何の衝撃が無くても、切れるんだ、、、。

物質世界のものって、クリスタルでも、金属でも、すごく固そうだけど、エネルギー世界が動くと、その固さは一瞬にもろいものになるんでしょうね。

なんか、とにかくエネルギーが動いてて、今、デトックスしないといけなかったから、デトックスしているんだと思います。もう少し頑張ります☆☆
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by pineheath | 2013-04-22 02:27 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

私は弱い

私はずっと強くなりたかった。何があっても傷つかない強さが欲しかったし、何があっても寂しいなんておもわない自分になりたかった。

でも、それもちょっと違うんだろうな、と今は思えるようになりました。そもそも、寂しいと思う自分に蓋をするという時点で、そこに対するブロックがある訳で。

自分って、弱い、すぐ寂しくなる、、、。頑張ってみせているけど、実は、精一杯背伸びしている。

そして、自分で、自分に弱い自分であること、すぐ寂しくなる自分であることを許していなかったんだなーと。

一生懸命、寂しくないよ、とか、私は強いからとか、そんな体裁を整えて、どんだけ蓋をしていきてきたんだろうと。

私は、弱いですって認めてしまうことはとても怖いことですよね。

弱いですって事を公言しても、人を不快にするだけだし、それより、何より、私が弱いと私に価値が無いようで、人が離れていってしまうんじゃないかって言う恐れがあったのだとおもいます。

自分が弱いとか、傷つきやすいとか、もろいとかっていうことが私の中でイコール自分は価値がないに結びついていたんじゃないかとおもいます。

だから、傷ついていたこととか、弱さとかを受け入れるって事って、ありのままの自分であることの価値を受け入れるって事がでいていないと、本当に難しい事になって来ます。

ありのままでいいじゃん、弱くても、強くても、寂しくても、寂しくなくても、それが自分だって認めてあげることで、せめて自分だけは自分の味方でいる事で、自分の中に、安心スペースが出来てくるのですね。
自分のボトムを知るという感覚ですね。

自分のボトムを知れたら、自分で自分が弱いことを認めてあげれたら、そこから一歩一歩進めば良いんじゃないのかなー。そして、そこには、自分に対して隠して、無かったことにしている感覚は無い感じです。いずみちゃんが以前紹介していた、傷つく事を恐れないの記事
のBrene Brownさんが言っている、自分がもろいって事を麻痺させて生きている状態だと、何に対して嬉しいのか、本当に嬉しい事とか、本当に楽しい事とかへの感覚も麻痺させている状態なんだと。

結局、自分の感覚を大切に、自分を生きるというのは、傷ついた時に、傷ついた自分を素直に認めれて、その悲しみの中に、逃げないでちゃんと居れる事から始まるのかもしれません。

どんなに辛い状況でも、その状況である『今』にいる事に徹するというのは、その人のオーラをとても輝かせるものだと聞きました。

沸き起こる感情を、それがどんな感情でも、しっかり味わって、『今』にいて、そこからまた一歩一歩進んでいくことなんだなーとおもいます。
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by pineheath | 2013-04-22 01:06 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(2)

自分メンテ講座の感想♪ ソウルメイト♡編


以前ブログに少しだけ書いた、自分メンテ講座を受けてくれた方が、ブログをみてくれて、メールの文章をもっと沢山載せても構いませんよーと言って下さいました。なので、臨場感が伝わるので、シェアーさせて頂くことにしました♪ Tさん、ありがとうございます!!!
全文はまだ、長いのですが、ちょっと前半は省略して、彼女のストーリーを話させて頂くと、、、
幼なじみの彼(Aくん)が遠路はるばる日本から尋ねて来て、会う事になっていたのが、自分メンテ講座の翌日だったのです。
自分メンテ講座中にも、彼女の抱えるモヤモヤはその事で、その為に一人キネシで引いたカードで出たのが”Soulmate ソウルメイト”だったので、びっくりしていました。

いざ、彼が会いにきて、いい感じで時間が過ぎるのだけど、途中から過去の共通の友人(Bくん)の話で、口論のようになります。というのも、Tさんは過去、Bくんと旅行をしたことがあって、その時のT さんの言動に Bくんは旅が楽しくかった想い出になったとAくんにこぼしてて、Tさんは、過去の自分の言動を反省して居るけど、今更Bくんにその時のことを上手く話せないという状況がつづいていたのでした。

以下、メールより
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そのことがすごく気にかかっていて、もうきっとBくんにはゆるしてもらえないのではないか(別に喧嘩したり、なにか直接言われたことは無いのです。

というより、お互い住む場所が変わって、連絡をあまり取らなくなっていたので)と思っていたのですが、どうしてもそのことを恐くてBくんには言い出せずにいました。

そのもやもやがたまにA君と話すときに屈折した形で出てはいたので、A君は私がBくんに対してある意味コンプレックスというか後ろめたさをもっていることを知っていました。

家に帰っても、私はちょっと一人で自分のもやもやを処理したくて、二人とも別の部屋にいました。

その間に、エンジェルカード(私が持っているのはデイリー用のものです)を、キネシでこの問題に対してひいてみたのです。出たメッセージは"Let the past go"で、この場合の過去に対してもひいてみたら(父親のこととか思いつくものをカードにして)、やっぱりBくんのことでした。

それで、というわけでもないのですが(やっぱりもやもやはすぐにはなくならなかったし)、でもゆっくりBくんのことを考えてみて、ずっと私はゆるされるためにBくんに謝罪したくて、でもゆるされないと分かるのが恐くて逃げていたけれど、でももう私はもう他人にどう思われようと平気だし、相手が私をゆるさなくても、それを受け入れる準備が自分の中にできていることに気づきました(それは、このちょっと前に自分のことをゆるそうと決意したからだと思います)。

そうしたら、このごたごたもそのためにあったように感じ、A君がそのことに気づかせてくれたことに感謝の念が湧きました。

そのあと、二人で色々話して、わだかまりはなくなりました。でも、このときエンジェルカードがあっただけでは駄目だったと思うのです。ひいて同じカードがでたとしても、多分私のマインドがそれを受け入れることを拒否したと思います。これがキネシでひいて、そしてそのカードを受け入れる決意を私がしていたから、こうして気づくことができたのだと思います。


これは、余分な話なのですが、 A君を次の日バス乗り場まで送ったとき、帰る途中でA君のことを考えて、別れ際にハグすれば良かったなあとふと思ったのです。

多分今回のことで多く気づいたのはA君の方だし、私がいくら言葉で「全然怒っていない」「むしろ言ってくれて、気づかせてくれて良かった」と言っても、伝わらない部分もあるし、A君が不安に思っている部分を払拭することはできない気がして、別れ際にハグのような行動で示した方が良かったんじゃないかって(いつも、別れ際にハグする訳ではないですよ。多分するのって、母と日本からアメリカに帰るときくらいです)。
でも、わざわざ戻ることはないんじゃないかとか、もう時間的に間に合わないんじゃないかとか思ったから、一人キネシをしたんです。
そしたら、体がイェスを示したので、いつもだったら戻らずずっともんもんとするのですけど(まあ、そうなることも分かっていたので)、戻って(でも走らず歩いて。。。それで間に合わなかったらしょうがないなって、私のマインドのささやかな抵抗です)、
バスは発車直前2分前でしたが、A君に(かなり自己満足で)ハグしてばいばいしました。

多分、昔だったらキネシをしても決断しなかったし(本当にそうかなあとか、色々考えて)、でも今回もキネシが後押ししてくれなかったら、絶対戻らなかったです。

最後に、A君が日本に帰国して二日前にメールが来て、「Tのことを前よりも心から愛している」みたいなことが書かれていて、なんと表現すれば伝わるのか分からないけれど、彼が前よりも一回り成長しているのが分かるメッセージをもらったのです。それでまた、もんもんとしたのです。だって、そのときまで、なんというかA君に追いついた(追い越した)気になっていたのです、私。

私、ずいぶん成長したよねって(もう、この時点で、全然追いついていない気もするのですが)。それで、また向こうが私よりも前に進んだことにもんもんとして、でエンジェルカードをひいたら"Steady Progress"(着実な進歩)というカードが出ました。この言葉を見たとき、A君のことだと思ったのです、ああ、カードもA君がまた前に進んだって言ってるって。でも、言葉の説明をみたら、まさに私への言葉でした。要約すると、「あなたはあなたなりの進歩をしているし、それを人と比べる必要は無い。自分の成長にフォーカスしなさい」でした。うーん、言葉もありませんって感じでした。

私に取って、エンジェルカードやタロット単独よりキネシでひく方があっていると思うのは、私が自分が見たくないカードや結果を見たとき、カード単独だと疑ってしまうからです。そのカードの内容を素直に受け取れる人、受け入れることのできる人は、キネシなしでもいいんだろうなと思います。

恵子さんにキネシを習っていたおかげで、A君との二日間が学びのある良いものになったし、すごく助けられました。本当にありがとうございます。

〜〜〜〜
読んでて、ほろっとしてしまいまいしたー!! 若いっていいのね〜なんて、オバタリアン的なことも思ったりして(笑) 

でも、このばっちりなカードが引けているのってすごいですよね〜!潜在意識と会話している気分(というか、本当にそうなのですが)を、しっかり 講座の翌日から味わって下さることが出来るのは、素晴らしいです。

自分メンテ講座に来て下さる方は、どうぞ、日々それを使っていって下さいね!使ってこそなんぼの技たちです♪ 

講座で沢山の方にお会いできることを楽しみにしています〜!!!


それでは、自分メンテ講座のお知らせです☆☆☆

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by pineheath | 2013-04-15 11:26 | 自分メンテ講座 | Trackback | Comments(0)

朝2時起きで、なんでもできる、そして、どこまでも変われる。


エネルギーとか、スピリチュアルとか、ヒーリングとか、波動とか、そんなの見えないし、ほんと??って思う人もまだまだ多いと思います。

私もぜんぜん見えませんー。

霊が見えるとか、オーラが見えるとか、そんな特殊な才能を持っている訳でもなかったのに、気がついたら、IHプラクティショナーとして、ヒーリングさせて頂いていて、ヒーリングすればするほど見えないものの存在が絶対あると揺るがない感覚(信じる力)を持つようになって、さらにヒーリングする度に自分も癒されて、どんどん自分に自分の芯が出来て、物事にあんまり悩まなくなってきました。

今日はまた、すごくスピリチュアルなセッションでした。

その方の潜在意識が途中でかなり動揺して、それまですごく静かだったのに、相当な雑音が一時期スカイプに入ってきました。問題になっている所について話をして、彼女が号泣するとともにその雑音がぴたりと止みました。
コンピューターとか、機械とか、何だって使えるものは使って、色んな方法で『私は安全じゃないところに行きたくない〜!!』って潜在意識は抵抗してきます。出したくて、セッションするのだけど、それと同時に、変わることへの怖さを抱えているんですよね。

先日も、雑音が入ったセッションがあって、それは、その日に限って、クライアントさんのマンションの上の階(?)に工事が入る事になったとかで、セッション始まった時には、工事始まっているのに静かで(スカイプに問題が無くて)セッション中盤になって、大事な所で、声が通るかとおらないかというくらいの騒音。でも、その騒音も、セッションが終わると同時に、ピタって止まる。

今まで、妨害(?)にはあったけど、終えれなかったセッションはありません。きっと、おわれない位の抵抗だったら、セッションをすることが出来ないのだと思うので、妨害があっても、ああ、抵抗しているのね〜〜って思いながら、セッションを進めさせて頂いています。

そんな話、私、いま、ブログに書いてしまっていますが、IH プラクティショナーになる前は、そんなこと絶対信じられなかったとおもいます。

何何?潜在意識がスカイプ邪魔する??はあ????って。

人の常識って、見えている位置でどんどん変わってくるんだなって思います。

今の私には、想いは波動だってことは、絶対的なこととして分るし、外で起こる事象は、内側のことを時間差で表してくれる鏡だってことも。

昔は頭で本を読むことで知っていたことが、今は感覚として、そうだと知っている感じになったので、『想いを無視した行動』(私がこうしたいの!を基準にするより、こうするべきだから望んではいないけどこうする)って、本当に無駄なことをしているなって思うようになりました。

もちろん私たちは、時間という抵抗の中で生きているから、起こることには時間差があるし、その時間差の間、私たちは自分を揺るがせないで耐えるということをしないと行けないのだけど、すぐに何かが変わらないからと言って、あああ、やっぱり、私って駄目なのねーーーって思う必要は絶対ないんだなって事が分ってきました。

3年前、ダメダメだった時、私の状況を知っている心友が絶対私の為になると勧めてくれた本に
朝2時起きで、なんでもできる』というのがありました。
この本は、軽く言ってしまえば自己啓発本なのだけど、あの時の私には響きすぎるくらいに響いた本でした。

主婦が、制約の中で自己実現して行ったことを書いてあるのだけど、この本から伝わったのは、やりたい事があればどんな状況だって進むことのかっこよさ。
「だって〜、〇〇しなきゃ行けないし、私には時間がないんだもん、子どもがいるもん、御飯作んなきゃだし、家片付けなきゃだし」って、主婦が作りがちな、いい訳で前に進まない、進めないのって、かっこわるいって事でした。だって、著者の枝廣さんは、毎日2時に起きて自己実現を果たしたのですから。

その時の私には、絶対これ!!って言うのが枝廣さんのようには無く、(彼女は、英語を極めて一流の通訳者になった人)とにかく、じゃあ、私もせっかく外国にいるんだから、もっともっと英語しよう〜!!!とむやみやたらなやる気が湧いて、なぜか受験生のように英語の猛勉強をはじめたのでした(笑)←単純

その受験生ぶりはほんとどうかしてたんじゃなかろうかと言う位でした。

なんか、それ位、あのどうしようもない何者でもないような状態を抜け出したかったのだと思いますが、
「私はなんてダメなんだろう〜っ」て考えるより、
「今日はこの単語を覚えた!!明日は絶対〇〇ページ終わらせる!!!」
ってネガティブ思考が入り込まない位無心に勉強しはじめたのって、今思えば、めちゃめちゃ必要なことだったなって思います。 
なぜって、ネガティブを挟むと、1歩進んでもまた1歩下がるって事になってしまうから。

やるぞ〜〜って思った瞬間に、良い波動が私たちに引き寄せられてきて、でも、次の瞬間私が「やっぱ、私ってダメ、、」って思った瞬間 呼び寄せられてこっちに進んできていた良い波動は、Uターンして帰って行ってしまう。 
ちゃんと時間をかけて、思ったことを呼び寄せるのにはちゃんとその思ったことが届くまで思い続けるって事が必要なのですよね。

で、人って、そんなに思ってばかりいられないからその想いに見合う行動をし続けるって事が必要なのですよね。

この本は私を大きく刺激してくれた本でした。久しぶりに懐かしく思い出しました〜。

で、がむしゃらに勉強している傍ら、色々さらに壁にもぶつかって、で、以前記事に書いたような出来事に至り、その後、IINに入学、その後IH プラクティショナーになって、がむしゃらに向き合って向き合って、今に至ると言う感じです。

だからね、私がしたいことって、エールを送ることなのだと思います♪

絶対抜けれるから!!!って。

いま、苦しみのどん底にいる人も、絶対抜けられるから。

だから今日も一歩進んでみよう。

良い言葉を言おう♪自分を否定するのをやめよう!!

私もまだまだ前進します♪ 
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by pineheath | 2013-04-09 09:28 | 自己実現 | Trackback | Comments(0)

向き合ってたら、ひとつずつ。


このところ、特に去年の11月から、向き合わないと行けない課題が表面化して、それに対して、一歩一歩進んできたかんじでした。それは、それは、思えばしんどかったです。
でも、一歩進んで、逆風があって、でも、一歩進んで、さらに逆風に心が折れそうになって、でも、さらに一歩進んで、逆風が吹いても進むって決める事が出来て、そして、一歩進んで、一歩進んで、色んな方から&something great の助言も頂いて、ああ、やっぱりすすんでいいんだって思えて、そして、また、一歩進んで、、、、、、、

そして、今に至りました。

今、少しのひかりが見え始めました。

というか、逆風と思っていたけど、流れを変えて(流れが変わって)逆回りになった時に感じる、水の抵抗がようやくなくなって、そっち方向に流れる事に対して、それが流れになってきた感じ。

うううんん〜〜、抽象的にしかかけずに、何のこっちゃって感じでしょうか。。。

とにかく、そんな経験を通して思ったのは、

必死に向き合ってみて、向き合った結論として、進む事を選択したなら、逆流だとしても進んでみて、最初はどうしようもなくしんどいけど、そんな時でも、何かしら、そう、そっちの道だよ、って言ってくれるような出来事が出てきて、どうにかこうにか進めるだけの少しの力をいつももらっていたなって感じ。その力は、決して楽々越えれるくらいの大きな物じゃなくて、どうにか一歩進めるってだけの物だけど、ちゃんと向き合っていたら、その力が与えられ、さあ、もう一歩がんばりなさい、って言われているようでした。

いま、ああ、ひとつの山を越えたんだな〜って思う出来事があって、それも、自分だけじゃどうしようもない流れが、人と人のつながりの中でうまれたことで、それで、私は、山を超えた安堵感を、頂けている。
有り難いです。そして、そう流れるんだーって、感動。

成功へのたった一つの条件があるとしたら、それは、『やり続ける事』という話がちょうど飛び込んできて、それは、ビジネスだけではなく、人生において、その通りだなって、しみじみ思います。

〇〇成功法って、「私は、散々苦労してここに行き着きましたー、この苦労を味わわなくていいように、最短距離で、そこに行けるようにこのパッケージをご用意しました!」って売りの文句があるけど、(IINの栄養学校では、マーケティングについてもレクチャーがされて、それ系の情報が流れてきます)

でも、思うのです。

自分でやってみて、壁に当たったり、のりこえ方が分ったり、悩んだり、苦しんだり、喜んだり、その過程=経験であって、初めてなんぼのもんなんじゃないかって。

その経験が無いと、私たちは、どうやったって山を越えた境地になんていけないんじゃないかって。
だったら、その経験を、どんどん経験しようと思います。それを味わうために、この人生があるように思います。

まっすぐぶつかって、考えて、悩んで、失敗と、成功とを繰り返して、また、ほんの少しだけ前進できる力を与えてもらって、そうやって、これからも、山を越えて行きたいなって、そう思います♪

向き合ってたら、ひとつずつ開けてくる。だから向き合おう。向き合い続けよう♪
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by pineheath | 2013-04-08 01:54 | 自己実現 | Trackback | Comments(0)

自分のヒーラーになろう☆ 自分メンテ講座@福岡、名古屋、京都、和歌山、東京

自分メンテ講座を開かせていただいたあと、受けて下さった方がメールをしてきてくださいました。
すごく長いメールでした。
かなりプライベートな内容なので、掲載する事は出来ませんが、内容としては、
自分メンテ講座を受けた翌日に大きな人生のイベントがあって、そこで、早速自分メンテで習った事を使い、その結果、こちらが読んでて、涙がほろっと出てしまうような、行動をとる事が出来た事が報告されていました。
彼女は、自分メンテを、あの時習うタイミングだったんだなー、宇宙ってなんてよく出来ているんだろうー、と 感動しました。
 そして、ちゃんとお伝えした事が使えているのだな、って事にも、感動しました。



私たちは、生きていると、モヤモヤする事に絶対ぶつかりますよね。それをひとつひとつ乗り越えて行くのが人生って物なのかなって、このごろは思いますが、時に、そのモヤモヤに、はまって、抜けれなくて、どうにも苦しむ時って言うのがあると思います。

そんな時に、もちろん誰かに相談するも良し、ヒーラー、カウンセラーにかかるも良しなのだけど、「人に言うほどの事でもない、でも、モヤモヤ、、、」とか、「人には言えない事、でも、モヤモヤ」「人に言ってもまだ、モヤモヤ、、、」とか、そんな事を、自分で解決して行けるツールがあると、かなり前進しやすくなります。

日常の中でたまってくるモヤモヤをいかに早く解決させて、ニュートラルで、やる気に満ちた自分でいる時間を長くするかで、人生は大きく違ってくるのです。

もちろん大きなモヤモヤは人の助けも借りて人と人支え合って行くのに賛成だけど、自分で解決できるモヤモヤは自分で解決して行こうよ♪その方がずっと早いよ〜!!!

そんな気持ちからスタートした自分メンテ講座です。持ってて絶対そんはない技&考え方をギューーーッと詰めた講座になります。

福岡、名古屋、京都、和歌山、東京で、オフィシャルには開催させていただきます〜。(グループで呼んでいただいた所にはクローズドで開きに行きます♪)

少しでも多くの方にお会いできる事を、心から楽しみにしています☆☆☆

それでは、自分メンテ講座のお知らせです☆☆☆
日程と場所と料金 全体をみる

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名古屋

京都

和歌山

東京

内容はこちらです。
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by pineheath | 2013-04-07 07:19 | 自分メンテ講座 | Trackback | Comments(0)

手紙を書こう☆

大好きな友達から手紙が届きました。
その手紙を、寒いけど、日が照っている午後に受け取って、太陽が当たる元で読みました。
てがみっていいなあって、思いました。手紙って、なんて心が温かくなるんだろう。
彼女の想い、彼女の繊細さ、彼女の傷、彼女の心の動きが伝わってきて、そして、私の事を大切な友人として、こうして手紙という形にして、私の元に届けてくれた事に、じわーんとあったかい気持ちに満たされました。

Facebookでどんどん友達数は増えても、心の声を言える友達って、みんなどれくらいいるのかな。
人と人で向き合う事って、人生で何回していくことなのかな。

「あなたには友達が何人いますか」って質問で、その統計結果は、0.79人という数字が出たという話を聞きました。
という事は一人もいないって言う人がいるって事。思っている事を言える相手が一人もいないって人がいるって言う事。

セッションを受けにきてくれるクライアントさんのお題にも、もっと心をオープンにしたいって言うのがあります。パートナーに言いたい事が言えないって言う人が多い。

傷つくのが怖い。傷つけるのが怖い。

これは、誰もが持っている感情。傷つけるのって怖いし、傷つけられるのってもっと怖い。

でも、ね。 
自分って、本当の本当には、傷ついたりしないんじゃないのかなって、最近私はそう思うのです。自分が本当には傷つかないって知っているから、本当には人も傷つかないって思う。
それって語弊を生みそうだから、もう少し説明してみると、

どんな事があっても、それが、自分がやった事のベストで、自分が自分に『本当によくやった◎』って思えていたら、現実的な結果は、断られたり、否定されたり、批判されたり、と、×判定が出たとしても、それがベストな結果ってだけなのじゃないのかな、って、思えるって言う事なのです。

逆に、現実的な結果が◎って判定だとしても、自分が自分に正直でない事を繰り返していたら、最初は表面上の◎が嬉しいけど、そのうち、その◎がうそっぽく思えてきて、心の真ん中にすきま風が吹いている気持ちになるんじゃないかな。

例え表面的には×判定になろうとも、自分の心にまっすぐに、自分が自分に◎を出してあげれるスタンスで物事に接したら、◎だろうと、△だろうと、□だろうと、×だろうと、『それで良しっ!!!』って、潔さが生まれてくるのだと思います。

友達関係だって、きっとそう。表面的な◎を期待しての、こっちの言い方とか、受け答えとか、そんなのもういらないって思うのです。

ぶつかりたいたいならぶつかって、それ違うって心から思うんならそう言って、大好きって思うならそう伝えて。相手が、それに対して×出すかもしれないし、◎出してくれるかもしれないし、うーーん、△って言うかもしれない。でも、それで良しっ。それって、完全に自己満足なのかもしれないけど、自己が満足していないと一体誰を満足させてあげれるんだろうっておもうわけです。

私は傷ついたって言う言葉って、責任を人任せにしている事だなって思うのです。
傷つく事を選択したのは、あくまでも自分。傷ついたと言って、前進するのを止めてしまうのも自分。

前進を止める理由として、だって私は傷ついたのですからって、そう言うのって、もういらないなっておもうのです。

そうじゃなくて、傷ついたって良いから前進しますって言いたいなって。

そして、その傷がかさぶたになって、強い皮膚が再生して、強みになるまで、前進を続けたいなって。

彼女は、この手紙を書くのに、何回も書き直したって。書きかけを、いや、こんな事が言いたいんじゃないって、思って捨ててって、そうやってやっと出来上がった手紙だと。

そうやって、私に伝えなきゃって想いを伝えてくれる、自分にまっすぐな彼女がますます大好きだなって思いました。

手紙って、私の人生ではとても大切な物です。いつも手紙が私を支えてくれた。大切な手紙は、何度も何度も読み返した。

なんで手紙って好きなのかなって思うと、その瞬間に、自分が出来るベストな言葉を伝えたい一心で気持ちを込めて書くから。

大人になっても、過去に誰かとやり取りした手紙は全部取ってあって、実家に帰ると、みてみたりして、苦かったり、笑っちゃったり、ほろっと来たり、その当時に一気にタイムトリップする訳ですが、その瞬間、その瞬間、想いがあったなーって、おもう訳です。

今は、メールでも、Facebookでのメッセージでも、瞬時に届くという事が可能になって、その分便利になった。だから、easy文章になるって訳じゃなくて、込める想いは手紙に込めた想いと同じに、想いの重さを持って伝えて行きたいなって、改めて思った日になりました。

そして、リアル手紙も、やっぱりこんなに良い♪自筆のぬくもりと、感情が、字から紙から伝わってくる。私も手紙、書こう♪
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by pineheath | 2013-04-05 09:20 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

弱い自分を乗り越える

何が起こった訳ではなくても、誰かから傷つけられた訳は無くても、ああ、私って、こんな嫌な面持っているんだな〜ってじわじわ感じて、落ち込むって事、皆さんありますか?
それに気付くのは小さな出来事が積み重なっての事だったり、数日前の事と、今日の事とが合わさって、気付いたらダブルパンチになる感覚だったり。少しだけ、目をそらしていた問題が浮き彫りになってしまっての事だったり。。。

でも、そんな時こそ、そんな、『嫌なやつ』な自分と、とことん向き合って、落ち込んでみて、味わって、じゃあ、どうなりたいんだ?私?って、問いかけたい。

感じるって事は、目には見えはしないけど、確かにそこに在るってことだから、また蓋して、平気なふりしたり、私は平気って思ってないで、辛い自分であっていいじゃないって、辛さも受け入れて、自分の嫌な部分も受け入れて、見つめて、ほんとやな部分だな、だったらどうしたい?って、前に進んでみる。
人生って、本当に、自分との戦いだなって思います。人の行動の中に、勝手にモヤモヤして、そのモヤモヤの正体を突き詰めると、自分が乗り越えたいと思っている課題だったりする訳だから。

昨日、今日と、「この人の行動、気になる〜〜」ってのを最初は蓋して考えないようにしてたけど、それではそこ力が出ない感じが続いてて、で、今日は、娘を迎えに行く車の中で考えていました。
突き詰めて考えたら、「ああ、私、この事乗り越えようとしているんだ」って、気がつきました。
時に、出来事は、『さあ、あなたは今、どこにいるの?あなたの立ち位置ってどこなの?』って確かめるように私たちの目の前に現れます。自分を確認させるために。
私は、『ああ、私は△△でありたいんだよなー、でも、あの人の行動は、まだ、どっぷり〇〇なんだ、、、』ときがついた時に、私は、そんな自分が、次のステップに行こうとしているという事を確認したし、それと同時に、どっぷり〇〇である状態のその人に対して、イラッとする気持ちが不思議と消えてなくなりました。だって、その人の行動の意味、分るもん〜。
きっと、大きく数歩その位置から出てしまえばもう、気にもならないのだろうけど、半分、その問題を私も抱えているから、だから、反応してしまう。半歩しかその問題から出れてないから。
だから、出来事として『さ、それであなたはどこに居たいの?』って事が起こってくれる。

車で考えながら運転してて、
『そっか〜、私って、まだ、〇〇から抜け出てないんだ〜!』って自分を理解して、
『私は、〇〇な状態から、すっかり抜け出たいんだ、すっかり抜け出た境地に行きたいんだ〜!!』って気がついた時に、目の前に馬車が現れました。
(公道なのに、お客さんのせた、馬車ですよ、馬車。)トロトロ走ってて、あっという間に追いついて、でも、反対車線から車が来てて、追い抜けなくて。
その後ろを徐行しながら走ってました。
でも、少し経ったら、反対車線に車がこなくて、馬車の先導さんが追い抜いていいよ〜って合図してくれて、無事に追い抜く事が出来ました。

こう言う事なんだなって。

That is right!!!って、◎をもらえた気分がしました。

今、あなたは、あなたが持ってた〇〇を超えたよ〜、超える所に行きたかったんだよね!
って。

超えたい何かにぶつかった時に、『あれ〜〜なにこれ?!』って思うけど、それを超えるタイミングなんだって事。

人生は、弱い自分を受け入れ、それを乗り越える自分との見つめ合い合戦ですね♪
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by pineheath | 2013-04-03 06:23 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)