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自分に集中する


外の出来事にイラっとくると、その出来事や、人に意識が持って行かれそうになるけど、そう言う時に一番必要な事って、『自分に集中する』って事。
たいがい、「もう!〇〇ってなんでそうなの?!!!」って怒りの矛先は外の事になるんだけど、その、「なんでそうなの?」の先には、「なんで、私を見てくれないの?」っていう、寂しさ、悲しさが隠れていて、それって、要は、自分が自分に集中していたら『見てもらえていない感』は吹っ飛ぶのです。
だって、想像してみて、自分ややりたい事でめっちゃイキイキしていて、やりたい事目白押しで、ワクワクしている途中、これやって、あれやって、あーあれもやって!!!って、思っている時って、外の出来事(人)が自分にどうであろうと、『関係ない』というか、『私の事、放っといて!ちょっと、私に好きな事させてっ!!!』になると思いませんか?

だからね、外の何かが気になる時って言うのは、自分に集中出来ていない事のバロメーターだと思っています。
洗濯物干すのだって、食器洗うのだって、ご飯作るのだって、主婦にとっては自分の外にあるけど自分をある意味縛り付ける可能性がある事な訳だけど、自分に集中出来ているときは、そんな、自分がした方が良い雑務でさえも、イライラする事無しに、ちょっとの隙間時間に、ちゃっちゃっとやれていたりするのです。(←時に洗った洗濯物が忘れられて干されずに洗濯機に入ったままになってたりしますが。笑)
自分に集中出来ていなくて、意識が外の世界に行き過ぎていて、どうせ私なんか〜って思いになってて、外の世界の出来事が自分を苦しめているように、寂しくさせているように感じるだけなのです。

手っ取り早い解決は、自分に集中して、「めちゃ楽しい♡」を自分の中から生み出し、「外の世界?あーいつの間にか夜になってた!」ってなっている事。「やばいやばい、お腹すいた!ご飯つくろっ♡」ってね。
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by pineheath | 2016-10-26 17:57 | 自己実現 | Trackback | Comments(0)

空気読まずに自分の話しをべらべらする人

空気読まずに自分の話しをべらべらする人

こういう人に対して、どうして、そうなんだろう?普通わかるやろ?って思っていました。普通、その話しが相手に喜ばれているかとか、感じるはずだよねー普通、相手の事考えて話すよねーとか、

そういう、こっちの気持ちを考えない行動する人がダメだってレッテル張ってました。

でも、やっと、気がつきました。

私が楽しんでいないにもかかわらず、お構いなしで自分の話しをべらべらする人、その人が空気読めてなくて”ダメな人”なのではなくて、楽しんで聞けていないのに、”我慢して聞いている私”が違ったのです。
それまでは、自分が我慢しているのって、相手のせいだとばかり思っていた。でも、我慢しているのは、ただ自分が我慢しているからなのですよね。

「だって、私が我慢しなかったら、あの人は〇〇だし、〜〜だし、、」って言い分けが次々出てくる事でしょう。
でも、それでさえ、自分をきちんと表現するその場面に自分が居合わせたくない、っていう『逃げ』とか、『くさいものに蓋』の心理だったりする。

相手がどう出ようと、自分が感じる事は自分がちゃんと受け止めてあげて、それを自分が表現する事で、自分の幸せの責任を自分が取る事って、すごく大切だなって思います。

自分のご機嫌だけ取ることが、私たちが人間としてやらなければいけない究極の事なきがします。
そうやって、我慢して、人の話し聞いて、不機嫌になるから、ついつい、自分のご機嫌を人に取ってもらいたくなる。

「その話し、私興味なーい♡」って言って、自分にあくまでもまっすぐに対応していたら、我慢して、変なストレス蓄積させて、それを誰かに癒してもらわなければならないって負の循環にはならなくて済むのです。

自己犠牲の精神が美しいと信じられて来た時代があったと思います。
でも、それでは、負のエネルギー循環しか起こらないって事に気がついて来た人は多いと思う。
相手が幸せだったら、自分は大丈夫っていう心理状態って結局は誰の事も幸せになんか出来ないのだと今は思う。
「お前を幸せにするために、おまえのお母さんはどれだけ苦労した事か」って人から言われて、(または自分がそれを認識していて)自分の幸せを心から喜べる人っているはずがないと思う。自分が幸せと思うと、それには、必ず罪悪感がつきまとう事になると思う。
そして、その罪悪感に押しつぶされそうになって、「誰が頼んだなんだよ!!!勝手にそうしたのはお前だろう!!!」って言いたくなるんだと思う。
結局、何かにも書いてあったけど、『自分を犠牲にしながら誰かを幸せにしようとしても、帰ってくるのは、ネガティブなものになってしまう』というのは、エネルギー的に考えてもその通りだと思う。

だから、自己を満足させて、満足させて、そして溢れ出るエネルギーで他の人を幸せにしようって循環方法ではじめて皆が幸せになる事が出来るんだとおもう。

常々そういう事思っているのに、誰かの話しを聞くって事に関しては、その循環が出来てなかったな〜って気がつきました。私がやってたのは自己犠牲の負の循環だったなー。

セッションだとヒーリングのサーキットの中で話しを聞いているから、私のエネルギーを使って聞いていないので、疲れない。
でも、セッション以外で、興味ないな〜〜ッて思いながら聞くと疲れる理由って、そういう事だったんだな、ってこのごろ思います。

問題って、握りしめているって事に気がつかない事が問題であって、それに気がつけたら、それを握っているか、手放すかは、自分の選択出来る事になるんですよね。

私の場合、この問題握りしめていたって事に気がつけたので、あとは手放すのみ♡ チャレンジです♪
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by pineheath | 2016-08-24 15:08 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

自分のドラマが好きですか?

このごろ思うのは、どんな自分でも、それで良い、楽しめている限りはねーって事です。

スピリチュアル流行で、『癒されているとは?』、『満たされているとは?』、『愛とは?』、って完全な形はこれですよっていう教科書的に思える物が流通している感じになってきました。

で、それは、そうなんだけど、本当に、その通りなんだけど、表面に、人間臭い自分が出て来たって、それはそれでいいんじゃない?
人間臭い自分であってもいいんじゃないのかって思います。
所詮、私たちは人間なので、パーフェクトになんかなれないのですよね。だから、パーフェクトじゃない事を、ダメダメだって思う必要もなくって、少しずつでも、成長していっているって事だけが大切な気がします。

一般的に、ダメって思える事でも、そんな自分でオッケイと思う。癒されていない所がある自分でもオッケイ。素直に言えない自分でもオッケイ。甘えれない自分でもオッケイ。尽くしてしまう自分でもオッケイ。夫、ボーイフレンドに対して母親みたいになってしまう自分でもオッケイ。子供にイラッと来てしまう自分でもオッケイ。
泣きたい時に泣けない自分でもオッケイ。嫌って言えない自分でもオッケイ。人に合わせてしまう自分でもオッケイ。

どっちにしろ、人は美しいなって思います。

天真爛漫でも美しいけど、上手く天真爛漫にできないひとだって美しいって思います。

そこにドラマがあっても美しいって思う。

だって、その人はドラマを楽しみたいんだから。

楽しんでいる内は、そのドラマを演じる事を手放せないんだとおもうし。もうね、オエーって思うまで、そのドラマを楽しんだら良いんだと思う。

ただ、そのドラマを楽しめているなら、、、その限りはね、ってことだと思います。

。。。。。。。


人はドラマが好き。だから、映画も、楽しむ事ができる。

映画やドラマは自分の根底が安定した気持ちで見るから、悲しいストーリーでも感情移入したって楽しめる訳で、自分の人生が根底から、そのドラマになってしまって、もっていかれたら、ただ、ただ、苦しいだけですよね。

潜在意識って面白くって、ある所までは、それを経験したくって、そうしているんじゃないのかって思います。つまり、顕在意識で辛い、嫌だと思っていても、潜在意識的には、楽しんでいる。っていうか、それを選択しているってこと。そんなうちは、変わらない。でもね、それが、いいかげんしてくると、オエーっ。もうこんな自分嫌だー!って、底打ちになってくるんですよね。で、そのドラマを心底変えたくなる。
そうなったら、それが、ベストなタイミング。魂の叫びが聞こえた瞬間です。魂は、こんなドラマなんて、演じてる自分でいたくなかった!って気がつくときなのです。

そして、「自分が演じるドラマを変えたい!!!!!!」ってそうやって心底思えたら、あとは、行動するのみなのです。

私たちの根底は、いつだって、愛の状態で安定しているのです。実際の表面では、どんなに、しんどいときでも、誰かに対して意地悪しているときでも。

根底の自分は安定していたんだって事さえ、長いあいだ、そこに戻らなかったら忘れてしまってて、「自分って、ダメダメな自分なんだ」って思う事が、当たり前になってしまっていたりしますよね。
でも、そんなの本当じゃなくて、根底には、表面で泣いているその時だって、ずっとずっと安定した愛の状態だったんだって、そうわかると、一見、癒されてなくて、素直になれなくて、甘えれなくて、ダメダメで、怒ってばかりで、泣いてばかりで、傷ついてばかりで、、って、そんな自分は、根底の自分じゃなくて、そういう枝葉がでてしまっているだけって事がわかって来るのです。

要は環境で、そうなっただけだったって。

で、その枝葉がでてしまう環境を受け入れていたのは自分だって事に気がつけば、その環境を受け入れないってチョイスをするのは自分の責任だったんだってわかる。

だって、私たちは、その環境から動けない『植物』じゃないんだから。私たちは、動ける『動物』なんだから。

この環境のせいで、自分は、このドラマを演じるしか無いんだ!!って、環境に文句を言っているうちは、その環境に身を置く事を選んでいる『自分』に責任を持っていないので、演じているドラマは変わりません。

笑って、幸せで、楽しんで、喜んでいる自分のドラマを枝葉として出すための環境に自分を置く事を選ぶように動いてはじめて、嫌なドラマから、求めているドラマへ変化させる事ができるのです。。

今、悲しみのどつぼにはまっている人、逆境に苦しんでいる人、なんで自分ばっかりっ!!って怒りが湧いている人、その自分が登場しているドラマを辞めたかったら、自分が見たいドラマを見るために、『自分』でチャンネルを変えるって事が必要。
チャンネル変えるためには、「このドラマ嫌だ」って、決めて、「チャンネルを変える」って行動をすること。その二つの事無しには、違うドラマに変える事なんか、できないのです。

そう、そして、実際的には、「チャンネルを変える」行動っていうのは、どっかりソファーに寝転がっているcomfortable な状態から、体をよいしょと起こして、動かないと変えれないのです。

そして、その動くってことについてですが、見たいドラマを見る為に「これをしてみたい♡」という、ふわふわした感じより、もっと、なんか、「これをしなきゃ!!」って、切羽詰まる感じ(他が見えていない感じ)で思う事をする事なのかなーって思います。
それは、多くの場合、やりやすい快適な物ではないのかもしれない。でも、なんか、これをなんかやりたいんだ!頭で考えると大変かもしれないって事はわかっているけど、←というか、頭ではもはや考えていない)、って感じの事だったり。
快適ゾーンから抜ける事を腹の底で決めていないと、そのアクションは起こせないのかもしれません。
でも、それが、魂が求める事なら、快適ゾーンを抜けてチャレンジしていく中で、必ず、サポートされる状況が起こるのです。
目の前のオセロが一枚ずつ黒から白に変わっていくみたいに。
沢山は与えられないけど、次の一歩を進めるだけのギリギリの何かが与えられるのです。

その、道中は、楽ではないと思います。でも、生きているっていう充実感は半端無くって、しんどいけど、これを経験したかったっていう感情を沢山経験して、そして、気がついたらチャンネルが変わっていたって感じ。
変わったチャンネルの事を経験したかったんだけど、そこに至る行程そのものを経験したかったんだって、後になったらわかるのです。

行程の中で、沢山のシンクロニシティー、何かからサポートされている感じを受けるんだけど、
そんなシンクロニシティーというか、フローティングを得るためには、そこに全力で、本気で向かう事を覚悟できてる自分のあり方が根底に求められます。

変化に対して、本気になれないって思うなら、それは、まだ、そのタイミングじゃないのかも。
チャンネル変えるべきだって、自分の本音ではなく、それがきっと世間的に良い事だからって思ってしまっている(魂から求めている事じゃない場合)と、魂が本当に求めている事だけども、(トラウマからの)怖れがあり過ぎて本気になれない、って場合と。

前者の場合は、世の中的にどう言われていようと、自分がそれをしていたいならそれでいいんだって、ダメを嘆いている自分で良いって今の自分を受け入れる事。後者の場合はその怖れと向きあう時間がまずは必要なのかもしれません。でも、アクションを起こす事からしか、その怖れと向き合うって事ができないので、小さなアクションでも良いから起こしていくと、一つずつ垣根が取り除かれていく事だと思います。

あなたは、あなたのドラマを続けたいですか?

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お知らせ☆
IH ファウンデーションクラス、8月12、17を予定していますが、17日ご希望で調整中の方が多く、その方達をカウントするとほぼ定員です、12日はまだ余裕があります〜

クラス詳細はこちら
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by pineheath | 2016-07-26 14:29 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

料金改定のお知らせの前の割引♡ 世代間の信じ込みってすごい


さて、もう今年の最後の月、12月も1週間以上過ぎてしまいました。
ここに来て、年末の整理をするタイミングで、色々整って嬉しいです。
やれずに、何となく放置している事って、色々あって、「そのうち、そのうち。。。」が、あっという間に数ヶ月、そして、1年とか経っちゃうんですよね。

仕事に直結する所で整理が進んで嬉しい事は、

長年macを使っているんだけど、もう一年以上かな、私のマックちゃん、不調な状態を抱えてて、なんか、調子悪い〜〜って言うのがあったのです。

でも、何となくやり過ごしては、なんとかやってって、、ってしていたのですが、でも、いよいよなんかおかしくなってしまって、でも、その時には絡まりあった糸のようで,どこをどうしたら解決するのか、どうにも解決しなくってしまっていました。

起動しなくなると、たちまち、スカイプセッションとかができなくなるので、急遽、ipadを購入し、セッションしていたのです。
そうやってipadでスカイプセッションし始めたのが、2ヶ月前くらい。
その時は、もう、別け分かんないmacちゃんは放置して、これからはipadで仕事しよう~とか思っていた位。笑。

でも、2ヶ月くらい、それ一本でやってみて、思ったように仕事がサクサクできなくて、なんだか辛いのです~~。
何が辛いって、文章を思うように,自分の思考とおなじスピードで打てない事。
自分のリズムで検索したり、他のページに飛んで、同時進行で、事を進めれない事。
全部、できなくはないのだけど、今までの自分のペースと違うので、どうしても、一個一個がおっくうになるのでした。もどかしさがつきまとうっていうか。仕事能率悪くなってるのに、ますます悪い、、、みたいな。

ipadは持ち運びがmac air よりもさらにしやすくて、きっと使えるに違いない!って思っていたけど、
仕事をちゃんとしようって思うなら、ipadじゃダメなんだなーって言う結論が出て、「あーー、前みたいにサクサクやりたいっっ!!」って要求の方が強くなったころ、丁度、前作った書類が必要になって、でも、それは起動しない状態のmacに入ってるって事が分って、どうしても、そのmacを復活させなきゃって事に気持ちがいったのです。

そして、そこからは、早かった!!

どうして、以前は、この道筋で解決に向かわなかったのだろうっ??て不思議な位、すんなりと色々進みました。はしょって結論だけ言うと、起動しないし、もうダメかも。。。みたいな状態の私のmacちゃんが、以前と変わりなく、いい状態になったのでしたっ☆☆
それに合わせて、そのほか色々整理もはかどって、やりたい事がちゃんとやれる感じに一気になって!!あー嬉しいです。

多分、こんな感じにスイスイ仕事に向かえる環境じゃなくなってたのって、私の潜在意識が、自分がやりたい仕事に向かう事に関して、ちゃんとは許可していなかったからなんだろうなーって思います。
考えてみれば、『成功』に関してのIHセッションをLAでやってもらったのが、こうやって事がスムーズに動き始める3週間前くらいなのですよね。

丁度、3週間で、セッションの統合が進んで、一年以上、2年近く?しどろもどろやってたことが、あれ?あれ?って位スムーズにながれる。ホント、面白いです。
(そんな訳で、この文書は復活してくれたmacちゃんで書いてます♪)

IHセッションは、ずっと流れていなかった事、もう、これが私なんだ、、位に思っていて、そうじゃない自分で、どうせ人ごと、、,って思っていたような事、本当に自分の魂が求めている自分なんだなんて思えない位の事に、気がついたら移行している状態にしてくれるなって思います。

今回の私の件なんて、ここ1−2年、、,って問題だったけど、クライアントさんの、小さな頃から気がついたら、そうだったし、そういわれて来た、、、って事が解決されて、流れ始めるのは、本当に素晴らしいです。


そうだ、そうだ、その私の『成功』に関するセッションというのは、「世代間の信じ込み」を解き放つという深いプロトコールの中で出て来たのだけど、この「世代間の信じ込み」プロトコールは、本当に良く出てきます。
1ヶ月くらい前のセッションでの事例では、人生の色んな事で上手く行っている女性のクライアントさんなのですが、異性との恋愛関係に関して、本来の自分が発揮できないし、自分を信頼して、結果も信頼するという事ができない状態の方に出てきました。
遺伝的な傷を解き放つって言葉が出て来たりして、遺伝的に受け継いでいる傷って?って聞いていたら、お父様が同じ傾向があるから、受け継いでいるのかも、、、って話しをしていたのです。
そして、出て来たのが「世代間の信じ込み」
それで、調べていくと、彼女が受け継いでしまっていた、世代間の信じ込みは「愛は永続しない」でした。
世代間の信じ込みって、自分の過去のトラウマで、自分が何か信じ込みを作っているのではなくて、その信じ込みを受け継いでしまっている状態なので、本当にやっかいだなって思います。
気がついた時には、その信じ込みは自分の中にはすでにあるのです。だから、その信じ込みを元に、行動してしまっているのです。
「愛は永続しない」を信じ込んでいる状態での、行動なので、彼女はずっと以前から、恋愛に関して同じパターンになって、トラウマを重ねていました。
この回でのセッションでは、今までのセッションでは出て来た事のない、実は、今までの中で一番大好きだった彼との事が出て来て、やっと、そこへの癒しに行き着いた感じでした。

そして、昨日のセッションでも世代間の信じ込みが出てきました。
そのクライアントさんは、やりたい事をやって生きていきたいって気持ちはあるけど、お先が真っ暗になっている状態だったのですが、
世代間の信じ込みが出て、筋反射で選ばれた言葉は「You can't earn living doing something you like」(好きな事をしては生きていけない)ってものだったのです。
昨日のその、セッションは、彼女の潜在意識の動揺もものすごくて、スカイプの彼女の声と画像が乱れてたので、世代間の信じ込みって事で、これかなって思う事を書いてください、ってチャットみたいに,スカイプしながら、書いてもらってたのですが、彼女が書いてたのは

「兄も父も世代が違うんだけど50,80〜どちらも 見てて 幸せそうじゃないというか、人生って 苦を体験するために 過ごす時間 みたいなことをいつも言うので
自分のしたいように 楽しいままに過ごしていると
とても 反感を持たれて 認めてもらえない」

って言葉でした。
書いてもらっている時に、スキャンリストの中から引いた言葉が上のYou can't earn living doing something you like」だったのです。まさに、まさにです。

まさに、彼らの中にも「好きな事をしては生きていけない」って信じ込み、あるんですよねー。

この世代間の信じ込み、素晴らしいのは、自分だけではなく、自分の過去、自分の未来に続くFamily lineの人達皆を癒す事ができる所です。

LAまで行って、あのエネルギーの中でマスタークラスを受講して、マスターの内容もセッションに組み込む事ができたことは、私自身にとってもクライアントさん達にとっても大きなギフトになったなーって思います♪




〜〜〜〜さて、最後にお知らせです。〜〜〜〜〜〜〜
まずは〜!
セッションルーム完成です☆☆☆
(ふう〜〜なんとか、今年中にセッションルームは完成しましたっ!!!)
対面で待ってくださっていた方、お待たせしまいした!!今、個別にメッセージも送っている所ですが、もしかしたら、ブログで読む方が早い方もいらっしゃるかもです。
場所は、京都府相楽郡和束町。茶源郷と言われる、美しい所です♪是非一度遊びに来てください。

そして、
2016年新年1月から新しい料金設定になります。
ただいま1セッションを13000円でさせていただいているのですが、それが15000円になります。
このごろ、紹介で来てくださる方が多いので、その感謝をこめて、2016年1月から4月までは、
ご紹介で来て頂いた方は2000円割引、どなたかをご紹介してくださって、その方がセッションを受けてくださっていたら、紹介した方も次のセッション2000円割引させていただきます♪(すでに割引料金設定でお申し込み済みの方は更なる割引は出来ませんので、ごめんなさい)

また、新年から料金が上がるので、今年12月31日までのお申し込みに関しては、(セッションは来年以降でも構いません)以下の割引をします☆
2016年を飛躍する歳にする為に自分へ、また、どなたか大切な方へのクリスマスプレゼントにもIHセッションは素晴らしいギフトになると思います♪是非この機会にご利用ください☆☆☆
1回分 13000→12000円(12000円/回)
3回分 39000→33000円(11000円/回)
5回分 65000→50000円(10000円/回)
10回分 130000→90000円(9000円/回)

お申し込み、お問い合わせはkeiko@purefoodpurebody.comまで

ただいま、ホームページもリニューアル中です。そちらは新年までには完成目指してます〜。

love, Keiko
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by pineheath | 2015-12-11 15:16 | IH キネシオロジー | Trackback | Comments(0)

なんか疲れた−って思うとき。

自分の中心がちゃんとワクワクしているかって事に忠実であればある程、ワクワクしていないこと、求めてないことを自分が選択した時の,沸き起こる苦しさが強いです。

それは、一見そうだからだとは気づかない形で、最初は、感じるのかもしれないけど、「なんか、疲れた」「なんか、もう嫌だーっ」て感じになる,なんか、なんか、なんか、、,って気持ちを突き詰めて掘り下げていくと、その状況に自分がいる事になった『相手』が悪いのではなくて、あくまで、自分が自分である事を選択しなかったからだって気がつきます。

そこに気がつくまでは、「相手が〇〇で私はしんどかった」「この状況が〇〇で私はしんどかった」って、相手や状況を悪者にしているし、その時に、その相手の顔を思い浮かべたら、オエッと来てしまう感じがするんですけど、自分がそんな感情になった原因は、自分である。自分がただ、自分でいる事を自分にしてあげなかったからだって事がクリアーに分ると、そして、それが自分の課題なんだって事が分ると、『相手』は単なる自分のその部分を引き出した『相手』でしかなくなります。恨みとか、嫌だとか言う感情がなくなります。

でも、これ、普段から、自分のワクワクに焦点をあててない人、自分がどう感じているかに鈍感でいようとしている人は、自分が自分じゃない事になれてしまってるので、疲れたな、、、位で、済ませて、それが積もり積もっていって、精神の不調とか、体の不調に繋がっていきますよね。

疲れって面白いですよね。自分が自分の生きたい魂の道を生きていたら、そして、大切にしたい、自分の中で大切な得たい感覚を得るように活動できていたら、肉体的にすごく使ったとしても、それは、良い疲れを感じるだけ。でも、自分が自分からずれてしまってると、本当に体が疲れている、居ないに関わらず、何もやる気が起きないような、どーっと疲れを感じるんですよね。
体は本当に正直です。

楽しくないなーってどこかで思っていても、「ま、しょうがないな、、、」で片付ける事が多くなってしまっているなら、自分のエネルギーが、どんどん低くなっている事に気がついてください。
心を鈍感にして、それは感じなくて楽かもしれないけど、体はそういつまでも黙っていてくれません。体に不調が始まっているなら、それは、どんな心の声を殺して生きているんでしょう?

心が何を隠しているか,を探すのは、結構大変だけど、私は何にワクワクするか?を探してみると良いです。そして、そのワクワクするだろう事を、忠実にやってみる。自分のエネルギーが上がる事をやってみるんです。そのワクワクは一歩先にあるワクワクで構わなくて、大きなワクワクするプロジェクトを思いつく必要もない。これ、ワクワクするかも!って思う事をやってみて、何を,どんな感覚を得たくて、その事をやったのか、考えてみてください。

鈍く生きるのも勝手だけど、私は、自分に忠実に生きたい。その時にできる自分の行動と、自分の感情が、自分にはやっぱりエキサイティングで、それに添った行き方をしてしまうと、もう、元には戻れないのかな、って思います。だって、ずれると、めっちゃ苦しいもん!
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by pineheath | 2015-10-01 23:06 | 自己実現 | Trackback | Comments(0)

愛のある言葉で伝えていますか?


伝える言葉って、それを受け取った相手が、その言葉に対して、嬉しく思おうと、悲しく思おうと、それはその人の問題であって、私たちが本当の意味で相手を傷つける事ってできません。
その人が、相手に傷つけられたと思うのはその人が自分を被害者にして、〇〇のせいで〜といいたいだけで、自分がその、与えられた言葉をどう受け取るかで、自分が傷つく、傷つかないを選択できます。
でも、だからこそ、相手に何を言っても良いのではなく、自分が発する言葉に責任を持ちたいなって思います。
だって、人に伝える言葉って、自分の所から出るまでは、自分の責任ですよね。
おなじ事を伝えたいのだけど、それが、どんな表現でされるかで、それを発する『自分』に多大な影響があるな、と。
自分にとっても、相手にとっても、愛がない言葉を発してしまった時には、相手が傷つく、傷つかないという事も大切だけど、それ以上に、自分がしっくり行ってない状態でオッケイを出してしまってるってことなんだな、と。

例えば、この前彼と喧嘩をしました。
何かについて聞いた時、単純な答えが欲しかっただけなのに、彼はたくさん説明してくれました。
たくさん説明してくれる事って、普通には、いいこと、ですよね。。
でも、私は、説明が半分くらいしか分らないのに、聞き続ける事にイライラし始めたのです。そして、その日は、そもそも不調でした。そもそも、二人のトーンがちょっと低めな感じだったのも手伝い、、、
私は、「そんな、ねちねち言わなくてもいい!!」と、ひどい発言を、、、(今考えてもひどいです。)
もちろん彼は怒りました。はい。
でね、私は、私の感情を愛を持って伝えるって事をせずに、自分のイライラを解消する為に、相手を打ち負かすような、そんな発言をしたんだなーと。後で気がついたのです。
言われた彼は怒るし、言った私も、愛のないその発言にどこかざわついてる。でも、彼の怒りに反応して、その発言について振り返る事よりも、防御の態勢に、、、
なんて、悪循環、、、です。

愛がない言葉を投げられたら、そりゃ、投げられた人は反応します。それが、その人の傷になるかならないかは、その人に取って、それが真実かどうかで、その人が決める事ができるけど、でも、とりあえず、誰だって、愛がない言葉に対して、まずはネガティブな反応をたとえ一瞬でもすると思うんです。
見ず知らずの人に、「ばか」とか「アホ」とか、街角で言われたらムカッと一瞬でもしない人はそうそう居ないと思います。それは、愛のない言葉って、ささって痛いからなんだろうなって。向けられた本人だけでなく、それを聞いている人全員が痛いんだと思います。それが言われている人にとって、真実である、無しに関わらず。
人の喧嘩聞いてて、嫌な気持ちになるのは、ささって痛いんだろうな。

でも、言っている本人も、実は、実は、心のどこかではスッキリなんてしてなくて、心のどこかで、愛に基づかなかった言葉に、自分自身が、自分を裏切って、真実を話していないって事、気がついているんです。筋反射では、オッケイが出ていないくらいの答えを言ってる感じ。

自分に対して、愛がある真実って、きっと、相手を傷つけるって類いのものではないと思うのです。
私は、あの時、「色々用事があって、急いでるから、シンプルな答えが欲しくって、でも、説明してもらっている事が良く理解できなくって、嫌になってしまってる」って、自分のモヤモヤした状態を伝えれば良かった。
そうだな、きっと、愛に基づいた言葉って、自分主体の言葉になるんだろうなって思います。
「あなたは、〇〇だ!!」じゃなくて、「私は、〇〇な感じがしている。」「私は〇〇でありたい。」ってね。
それが出来た時に、その言葉を受け取った相手が、それをどう取ろうと、それは、相手の問題であって、自分はそれを傷つけるつもりで言ったのではないって断言できるんだと思います。
愛のある言葉、使おーっと♪
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by pineheath | 2015-10-01 16:03 | ヘルス・ウェルネス | Trackback | Comments(0)

IHセッション事例 魂が求める方向へ抜ける

今日もセッションが終わって、クライアントさんの変化に嬉しくなってます。その勢いで、書きかけだった記事を仕上げてアップします〜。

IHのセッションによって、どんどん魂の求める方向に加速できるようになるなと思います。

Tさんの事例についてちょっとシェアーしたいと思います。
T さんは、最初にお会いしていた時に比べて、もうビックリする位、このごろは、もうどこまでも魂のまま生きている感じになりました☆ 
お話し聞くと、こっちからも笑いが止まらない感じになる位、そのイケイケぶりにはビックリです。

誰でも生きて行く間に変化、進化をして行くと思うのです。でも、IHのセッションって、それをかなりスピードアップさせるんじゃないかと、伴奏してて思います。だって、スタックするはずのブロックを取り除いて行く訳ですからね、当然と言えば、当然なのかも。

セッションにおいてブロックが大きい人は、魂が求めるところに抜け出て、すいすい進みだすのに、タマネギの皮を剥くような作業が必要になってくる場合もあって、そこに抜き出る前に横たわっているブロックに繋がる色んな方向からのアプローチがいくつかのセッションを通して出て来たりします。

IHは一回一回が完結のセッションなので、もちろん、1回ずつに変化はおこしているんだけど、それでも、かたくななブロックをずっと持ち続けて生きて来た方などは、そこに向かうための、つまり結局テーマが同じ所に行き着くような、そんなセッションを繰り返したりします。
私たちはだれもが生まれた環境とか、育った環境とか、もっとさかのぼれば前世とかもでるけど、そこから何かしら今の私たちが超えるための何か宿題を持って来てて、それを超える事が出来た時に、人生のステージが一つまた上がるって感じなんだなって思うのです。

宿題を超えるときに、ある意味人は大きなチャレンジをするのかもしれません。その準備ができて、超えるのだけど、その準備というのが、ブロックを外して行く作業ってことなのかな、と。

それに当たって、その原因解明、つまり、こんな家に生まれたからだ〜とか、親からこういわれたからだ〜とか、前世、こうだったからだ〜〜って、今の自分がブロックを持ってしまった原因を事細かに解明する必要って本当はあんまりなくて、どのような状態になりたいかって事のほうがひたすら大切だったりします。だから、なりたいイメージが明確だと、それはかなり現実化しやすい事だなって思います。

でも、このなりたいイメージというのも、また違うブロックがあるとうまく出てこなかったりするのです。
どうなりたいか分からない、やりたい事が分からない、なんていうのも、魂にやりたい事が無いのではなく、やりたい事があるのに、その上に乗っかってしまっているブロックでそれが出せない状態になっているというだけなのですよね。

そのブロックは、やりたい事が分かってしまったら、やれない自分に失望してしまうんではないか、という恐れだったり、失敗してしまう事に対する恐怖だったり、誰かを傷つけてしまう結果になる事経の恐怖と結びついてたり、それにコミットしなきゃならなくなるけど、コミットしたくないってこととか、そもそもやりたい事を持つ事は悪い結果になると思い込んでいたり、本当に人それぞれに色々なのだけど、それがある限り、何がやりたいかさえ分からなかったりします。

っと、脱線しましたが、、、

T さんは、もともとあまりブロックが大きい方ではなかったので、そんなタマネギをむく作業のようなセッションはあまり必要ではなく、さくさくと2回のセッションですっかりイケイケの状態に抜け出た感じでした。
でも、いくらブロックがもともとあまり無かったと言っても、社会の常識とか、色んなものに縛られていたりします。
Tさんのセッションでは、『もう、雲の上に抜け出たいのに、その下の所をやらなければ行けない、、、』という事にとらわれている事が分かりました。

そんなTさんの目標は
『自分で抱えているものを安心して手放し、会社を循環させ、皆を楽しませる事です。』
というものになりました。つながりの深かったお父様との事が、しっかりセッションでは出て来て、ネガティブなエネルギーコードを切る事が選ばれました。
そのセッションは、本当にその時のTさんに取って必要なものだったのだろうなと思います。

Tさんは自分メンテ講座も受けてくださったし、ご自身の会社にも呼んでくださって、オラクルカードを会社に常備してくださるようになって、ご自身でもキネシで自分のあり方を確認されるようになったのも大きかったと思います。

その後、私も出産などでお会いできていなかったけど、しばらくたってお会いした時には、もう顔から笑みがこぼれて仕方ない〜〜って位、いろんな事がうまく行ってて、お話聞いているこちらも、もらい笑いしてしまう位になっていました。
海外への仕事の展開も大成功に向かってまっしぐらという感じでした。人のエネルギーってこうも変わるのね〜って、これまた再確認できた感じがしました。

そんなTさんが ちょっと前にIHのセッションを受けての感想をかいてくださったのがあったので、ここでシェアーさせていただきます♪

IHのセッションを受けさせていただく前、
私自身としてはやりたいと思っていることが、
他の人との関係において、少し妥協せざるをえない
状況が続いて、もんもんとしていました。

セッションを受けて、やりたいことが、
「本能的に求めていること」ということ、
また、そのためにすべきこともわかりました。

その日から、もんもんとしていたものがなくなり、
元々やりたいと思っていたこと、目指すところに向かって、
着実にステップアップできています。


もうすぐ本も出版されるという事で、私としてはとても楽しみです♪(←謝辞に私の事入れてくださいよ〜!なんて、冗談で言ってます♪♪)

ほんと、魂が求める方向へ進ませてくれるIHのセッションはやっぱりすばらしいです。

(↓仕事(?)&バケーションで空飛ぶTさん。笑)
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〜〜セッション空き情報〜〜〜

1月はすべて埋まりましたが、2月はまだ空いています〜。
セッションは 京都府の木津川市加茂 (JR 加茂駅)のセッションルームでの対面またはスカイプになります。
Keiko@purefoodpurebody.com

2/2 10時〜
2/4 10時~
2/6 10時~
2/18 10時~
2/20 10時~
2/23 10時~
2/25 10時~
2/27 10時~
(土曜日や夜間で対応できる場合もありますので、その場合はご相談ください)

love, Keiko

(↓かごの中のもの全部出す!もマイブームのみこっちゃん)
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by pineheath | 2015-01-09 15:56 | IH キネシオロジー | Trackback | Comments(0)

何があっても前をむいて生きる

毎日ハッピーばっかりって人、いるのかなあ。
私の場合は、80パーセントくらいすごい幸せなのですが、20パーセントくらいどうにもならない悲しみになる事を抱えています。今、20パーセントと書いたけど、それは120パーセント位に、自分のキャパを超えるくらいになってた事もあるって言うのが正直な所。というか、今でも、自分が軸からずれるとそうなっちゃう事間違いなし。

でもね、食べるのを忘れるくらいその悩みと共にいた時に、
「私、何やってるんだろう、、」って、自分に距離を取って見れた時があったのです。

「確かにその悩みは大きすぎる位大きいけれども、でも、私はそれでも、今幸せなはず。悩みがあるからって不幸でいなければいけない訳じゃないはずだ」
って思ったのです。

その悩みは、いまも常に私とともにあるんだけど、今現在は、それとともにありつつもちょっと深呼吸して距離を置いてみると、私はこんなにも幸せなんだったって、幸せな事に焦点を当てる事が出来るようになっています。

悩みって、そこにはまるってしまうと、もう不幸のどん底みたいな気分になるなって思います。
悩み=自分って感じに、自分の人格が悩んでいる人ってなりがち。
でも、本当にそうする必要はあるのかなって思ったのです。悩みがあっても、幸せでいる事を選択していいんじゃないのかなって。だから、そんな事を思って以来、「私の悩みは私の20パーセントだ」と自分に言い聞かせているのかもしれません。そして、80パーセントのすっごく幸せっていうエネルギーでもって、20パーセントの悩みにも淡々と対処していってます。もちろん感情はヤッパリあるので、グワンと揺り動かされる事はあるけど、でも、そこにはまるってことが無くなったなあ。それは強くなったとかいうよりも、悩みと同化しなくなったって感じなのかも。そこに波長を合わせないっていうか。

きっと、どんなに幸せに見える人でも、その人それぞれの悩みがあるんだと思います。悩みの大きさは他人が大きいとか小さいとか判断できる事ではなく、その人がその事にすごく悩んでいたら、それはきっと大きな悩みなのだとおもう。ほくろが気になるって悩みは、ある人に取ったら、取るに足らない悩みだけど、ある人にとっては、大きな悩みだったりする。その事を他人が「そんなの悩む必要ない事じゃん」って言う事は出来ないと思うし、悩みであり続けていいけど、それにはまらないってことは必要な事なんじゃないのかなって思う。

私の悩みは、きっと誰がきいても、それはまた、大変な悩みだね、、、って一気に暗くなるような事かもしれないけど、でもね、その悩みが「悪い事」なのではないのだろうなと思っています。きっと、その悩みは、私を成長させるために、私が引き起こしているんだろうし。
本当に、誰かのせいで、私はこの悩みに苦しんでいる!!って、そんなふうに誰かのせいにしたいし、自分のせいじゃ無いって言いたい衝動に駆られる時ってあるけど、でも、やっぱりスピリチュアル的に見たら、どんな事だって自分が引き起こしている訳で、自分がその事に対してどういう心持ちでどう行動して行くか、が、やっぱりいつも、いつも問われているんだなって思います。

今私は、インド占星術で言うケトウの時期という事で、インド占星術の勉強しているお友達のNちゃん曰くは、竜の頭が無い状態だから、とにかく色んな事試して、(頭が無いので)ぶつかるってことを経験するみたい。そんな中から、本当の意味での「私とは。。。」という事を突き詰めて行くらしいです。(←最後には、悟るのかもしれない。笑)
確かに、そう考えると、この悩みによって、私は自分について考えざるをえない状況になってる。
だからね、この20パーセントの悩みは、私が抱えるべくして私の所にやって来ている悩みなのだと思って、80パーセントある満ちあふれる幸せでもって、解決に向かって行きたいなって思っています。
そして、きっと、奇跡的な解決が待っているって、やっぱりそう思ってる。そこは、なんか信頼してるんです。そこまで、私、成長しなきゃです♪

(↓なんでもかぶるのがマイブームのみこっちゃん)
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by pineheath | 2015-01-08 11:48 | 自己実現 | Trackback | Comments(2)

好調から不調への境界線

好調から、不調への境界線ってとってもあやふやで、分りにくい。
いい状態だったはずなのに、しらず知らずのうちに、気づいたら不調まっただ中になって、そこからどうやったら好調の状態に戻したらいいのか分らなくなる。。
その不調状態がちょっと長く続くと、もう自分は好調の状態になんか戻れないんじゃないかって思えて来る。不調なのが自分、、みたいな。

どっぷりと不調状態に浸かって、もう不調である事に嫌気がさしたら、さあ、そろそろ、抜け出しましょうー。
抜け出そうと思っても、最初は上手くは行かない。外出しようと思ったら雨が降って来たりとか、テンポよく行かない事があって、なんかなーって思う事が起こっちゃって、
「やっぱ、もうやだ、、」ってくじけそうになる。

でもね、そんな時だって、結局は一歩一歩出来ることをやって行くしかないんだと思います。
どうせ過ぎ去る一日ならば、どうせなら投げやりにならずに良い一日を送ろうって、心で決めて、そのいちいちを過ごすしかない。(雨が降ったら、降るべきじゃないのに降ってると受け止めるのではなくて、「そういう事なのねー、今日は外出じゃないのね」と言う風に、起こる事をアンラッキーではなくラッキーな事だと受け止めて、前に進む)
一歩進んでみた所で、不調は、まだ不調のままかもしれないけど、それでも、さらに一歩出来ることをやってみる。
それは、磨けずにカビがはえてしまっている風呂場の掃除かもしれないし、整理しようと思っていたけど、出来ていなかったパントリー整理かもしれないし、縫い繕おうって思っていた服の修繕かもしれないし、植えようと思っていた種を植える事かもしれないし、始めようと思っていた英語の勉強をスタートさせる事かもしれない、、、

何か一つだけでも、頑張ってやってみる。そして、次もやってみる。そして、諦めずに次も。。

そうしていくうちに、目の前では以前と同じ出来事が起きているんだけど、その事に対しての自分の捉え方が大きく変わって、ちょっと前までは、「最悪だ」としか思えなかった事に対してまでも、「感謝」の気持ちで見れるようになる瞬間が来る。何も特に「楽しい事」が起こった訳でもないのに、なんか、しあわせ感があふれて来る。

そうして、実際「幸せ」な事が起こって来る。

不調から、好調に入った時は、こうも分りやすい。と思います。

そう、そして、その好調感を得られたら、それを維持するように自分を見失わないようにしていけたら良いと思います。自分を見失って、何を感じているかに、蓋をして過ごしていると、気がついたら不調まっただ中になってしまうから、好調感を得られたら、そこの境界線から踏み外さないように、好調な自分を維持して、好調でいられる事に感謝して、また明日もいい一日にしようと心に決めて。

それでもね、私たちは、ずっと好調で居続けることなんて出来ないんだと思います。でも、不調にもなるけど、なるべく早く不調の波から抜け出せる自分でいたら楽。
好調な状態で生きた方が楽しいわけだから。

不調の波があるから、好調になれた時にそうである事を感謝できるし、不調な事から私たちが学べる事はとてつもなく大きい。また人が不調な状態に苦しんでいたらそれに共感する事が出来る。
そう考えると、求める状態って、つまりは不調にならない事ではなく、不調から早く抜け出せるって事なのかな〜ッて思います♪

10月のセッションの空き状況です〜。対面、スカイプで対応しています。

10/8 9:30〜
10/13 9:30〜
10/15 9:30~
10/17 9:30~
10/20 9:30~
10/22 9:30~ 
10/24 9:30~
10/27 9:30~
10/29 9:30~

土日や夜の時間などのご希望は、対応可能な場合もありますので、ご相談ください。
keiko@purefoodpurebody.com
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by pineheath | 2014-09-19 18:32 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

心の数値化

心の状態って、計りようがないって何となく漠然と思っていたけど、でも、計れないって決めてしまえば計れないのかもしれないけど、比較は出来るんだなって思います。昨日よりどう?最高な気分がした時に比べてどう?そうやって、絶対的な数値じゃないけど、相対的な数値として、心の状態を数値化してみると、一気に漠然としていた事が、「ああ、私、不調なんだー」って、意識に上って分って、「じゃあ、どうする?」って自分に聞ける。この数値化するのって、気分最高~!!って思っているときなんて、絶対しようとも思いはしないけど、なんか、低迷しそうって思った時に、このまま、なんかダメだな~~って進むか、いや、いや、自分の福は自分で興そうって思うかは、本当に自分次第。
IHのセッションのプロトコールの中にも、自己制限の信じ込みっていうのがあって、それが選ばれるクライアントさんも多いのだけど、それって何かと言うと、要は『自分で自分を幸せには出来ない』って思いこんでしまっているっていう事。
ヘンリーフォードという人の言葉に「自分が出来ると思おうと、思うまいと、あなたはおそらく正しいのだ」というのがあって、自己制限の信じ込みを持っている人は、私はどうせできないって思ってしまう。
だって、過去には出来なかった、だって、お金だってないし、だって、だって、私にはその能力ないし、、って出来ない言い訳はいっぱい出て来て、出来るために何をしたら良いのかに気持ちが向かわない。
「私、これやりたいから、やる!!」って思って、その為に必要な物を考えるというサイクルと、ずいぶんエネルギーの流れは変わってきます。

さっきの話に戻ると、そんな些細な日常の事も、「なんか、不調な感じの今日だな~」って事が意識に上れば、「良い一日にしよう」と思うのも、「このままダメな気がする~」でいこうとするのも、本当に自分次第なのですよね。だから、自分の気持ちを数値化して、不調に落ちそうになっている自分に気付くというのが第一歩だなって。
私たちは、選択出来る。どの気持ちで行くのかも、どんなエネルギーで行くのかも選択出来る。自分が選択出来る。
そう考えると、外で起こる事象は、本当に、自分の外で起こる事でしかなくって、自分の心のエネルギーは侵略される事無く保たれるんだと思います。
だって~~だから、私、不調なのー。って言ってしまって、ダメな一日にするのも、自分だけど、「それはそれ、でも、私は幸せを選ぶ」って思って少しでも自分の気持ちが上がる事をし始めるのも自分。
体調の問題もしかりだと思います。体調が悪いと人は不調になるけど、でも、本当にそうだろうか?と思うのです。体調が悪いのは、自分の身体の出来事であって、そこに、心まで持って行かれる必要はないと思うのです。(もちろん体調よくするにこした事はないけど)。
天気だってそう。低気圧の時って、身体が重いなって思うけど、それと心を関係させる必要は何処にもないんだなって思います。

あと、思うのは、これって、気持ちが落ち込み過ぎて、エネルギーが侵略されるがままにしておいて、ずいぶん上がれなくなってからでは、自分であげるのに、余計な苦労が要ります~。だから、少し落ち気味かしら?って思う時に、すぐにあげる行動するって言うのがみそなのかな、というか賢い方法なのかなって。
人の脳って結構単純だから、場面Aで落ち込みそうになる出来事が起こっても、場面Bで気持ちが上がる事があれば、トータルで大丈夫になれるものです。そうやって、気持ちをあげてから、もう一回Aの事を考えてみたら、さっき落ち込んだほど、たいした事じゃないんだなって事が分ってきます。要は、どんな事からでも良いので、良いエネルギーを保っているって事だけが重要。
その為には、色んなバリエーションが自分の中にあるといいですよね。彼との関係で苦しい時には、友人がいて、友人と上手く行かない時には家族がいて、家族と上手く行かない時には仕事があって、仕事が上手く行かない時には、大好きなカフェがあって、大好きなカフェに振られた時には、一人で出来る趣味があって、、、自分が幸せになれる引き出しをどれだけ持っているかって、結構重要なのかも知れません。

数日前は、東京、台風に見舞われて、予定していた群馬のグループの自分メンテ講座が延期になりました。NYに行ってた頃も、ストームに見舞われて帰れなくなるとかいう経験はよくしていたので、今回も、そういう事には慣れっこです〜。という感じもあったけど、それでも、予定していた事が無くなるのは、残念~って思いがち。おまけに、そういう時に限って、実家の両親から「恵子の人生は一体大丈夫なの?」という心配電話が頻繁にかかって来て、「大丈夫だと言っているのに、全くもう!!」という気分になりがち。そこで、ちょっと外を歩いてみて、良く行くカフェで仕事をする事にしてみました。
店内には(生じゃないけど)ジャズが流れてて、台風で予定がぽっかりあいちゃったなーって人達が、ジャージみたいな普段着で暇つぶしに、店に来てて、店員さんも普段はお喋りなんかしてないのに、今日は結構楽しそうに、おしゃべりしながら仕事してて、なんか、のんびり空気が漂っている♪
私も、一気に、のんびりたまっている仕事やって行こう~♪♪と、なんか分らないけど、いい気分になりました。そうやって、くさくさしそうな時には、何かしら、アクションを起こすといいですよね。
とにかく、上がりそうな事をやってみるー。
プランAがダメならプランB, BがダメならC、CがだめならD、、、どこまで諦めないで、行くかって所を試されているんだと思います。

ついこの前、サイキックの節さんがFBで、穴に落ちたロバの話をシェアーしていました。ロバが一頭はいるくらいの穴に、落ちちゃって、農夫は最初助けようと思ったけど、助けれなくって、鳴くロバがうるさくなって、もうロバごと、その穴を埋めてしまおうと、決めるのです。それで、仲間の農夫たちと、スコップで、そのロバに、土をかけ始めるのです。土をかけられても、かけられても、ロバは、その土をふるい落とし、そして、最後には、ふるい落とした土が、土台となって、ロバは穴から出る事ができるのです。
ドン亜子とがあなたのみに降り掛かっても、それを払いのけ、そこからステップアップすること、そうしたら、ちゃんとその穴から抜け出す事が出来るのだから。そうありたいなって思った話でした♪
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by pineheath | 2013-09-18 20:23 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)