規律の中の美しさ/私が目指したいもの

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『リラックスして生きたい』っていう希望が強すぎて、いろんな『~するべき』を手放してみました。


家は片付いているべき

とか、

朝早くから洗濯物は干してあるべき

とか、

とか、

とか、

「年末の大掃除どうする~?もう大変で~~」って言ってるママ友達にも、「大掃除はしない!」って言ってました。笑

「大掃除とかもちゃんとできている奥さん』というすごい自分を見せる必要もない、って思ってた。


で、それは、とーっても快適なんだけど、だけど、だけど、、、


義理のお母さんが時々来てくれる時に、エマちゃんのシッター役として来てくれて、その2時間ぐらいの間に、エマちゃんの手が離れる瞬間に家事を進めてくれて、洗濯物がきっちりたたんであったり、食器が洗ってあったり。


この義母の素晴らしいところは、もう汚いわねえ、しょうがないわね~って思ってやっているんじゃないっていう所。

いつも、いつも、お世辞とかじゃなく、私に対しても感謝の気持ちを表してくれて、それで、本当によりよくなることを目指して、少しでも役に立てればという気持ちでお手伝いをしてくれているのです。

私がやったらこんなに片付くのよ~(すごいでしょ)なんてことを微塵にも思ってない。


なので、義理のお母さんが帰った後は、家の気が整ってる♡なんか、整っているのです。


まだあります。笑


義理のお母さんは朝5時起きだから、朝の8時とかからこちらに来る時があっても、お赤飯炊いて持って来てくれたりするのです。


朝8時って、まだ我が家では子供を追いかけて朝ごはん食べさせている時だったりします。笑笑


テーブルは朝の食べ物でいっぱいで、もちろん食器も洗ってない、洗濯物も干していない、そんなまだ何にも終わってない状態

V.S.

赤飯まで炊いて来れている状態





なんか、その『整っている』ことに対する憧れを感じつつも、『~~べき』でがんじがらめになる恐怖があったため、


お義母さん、よくやれるね~。私には無理だわ!

で終わらせていたんですよね。


いや、昔、前の結婚の新婚時代なんて、『素敵な奥さん』を目指して、笑

家は綺麗に保っていたし、料理も1週間のメニューを決めてやっていたり(遠い目。。)

でも、それはしんどかったのです。『いい奥さん』するのはもう嫌だった。





でね、でね、わかったのです!!!!!





今、私は『こうあるべき』って外側から見た時どう思われるか?素敵って思われるためにやる、とか、それが嫌で、そういう『べき』を手放して来たんだけど、


この義理母の規律の正しさの中に感じるのは、ただ『愛』だなあって。


(誰かに)認められたいから、洗濯たたむのでも、食器洗い手伝うのでもなく、


ただ、ただ、ただ、ただ、


『誰かの役に立つ自分でありたい』という彼女のあり方がそこにある、




そのために、彼女は自分の中で規律を作っているだけなんだ、ってこと。



規律正しく、ってなんか、制限って感じがしていて、『質素倹約の美徳』の心と結びついてて、『質素倹約がいい』って思えない私は規律もろとも嫌悪感になってしまっていたのだけど、


自らのあり方として自分の中で規律を取るってことと、

それであっても、

豊かになることは

決して、対立することじゃないんだ!と気がついたのでした。


そして、その自分の中での規律って、時に、怠けたいなあ、とか、まあいいや、とか思う時もあると思うんだけど、

でも、えいや!とやるってことで(人から認められるためではなく、自分のあり方として)自分が鍛錬されていくんだろうな、って思ったのです。


それが自分への本当の『愛』なのかもしれないな。と。


私が目指したいのは『自分の中の規律』

それはきっと、自分のあり方を日々問うことにつながる。

つまりは自分とつながる。




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by pineheath | 2019-04-12 11:02 | 自己実現 | Trackback | Comments(0)

自分本来の力を思いだして、欲しい現実を生きる方法♡


by Keiko
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