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『あなたは足りない』の呪い

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                        〜あなたには足りていないものなんかない〜神



この情報社会、何の情報を選択して、何の情報を選択しないか?ってことが生きていく上で、とっても、とっても重要なことになっています。


日々、その選択に迫られることだと思います。


その選択に迫られた時、その情報はあなたに『私は足りない』って思わせるものなのか、それとも、前向きな気持ちにさせるものなのか?


そこのところ、自分がその情報を受けた時に、『どう感じるか?』に注意を向けてみるとわかりやすいです。


純粋な『愛』から発せられた言葉をそのまま受け取った時には、『私足りない』が刺激されることはないのだけど、『不安』をあおるような言葉が発せられた時には、もちろん、それを受けた側は『不安』になりがちです。
そして、その不安から行動を起こそうとする。

『あなたは足りない』の呪いです。

『あなたは足りない』の呪いがかけられないためには、


まず、自分がその言葉、情報を受け取った時に、歪めた解釈していないで、まっすぐに受け取っているのか?
を確認します。

(その歪めた解釈ってのは、「今日のご飯は、魚なんだー」と相手から言われた時に、「(あ、魚じゃダメだったかな、、、)」と相手の言葉の裏を読んで勝手な解釈をして受け取る癖がある場合なんかは、愛の言葉を愛と受け取れず、全部、不安要素にしてしまうので、それは別の話題になりますね。)


まっすぐ受け取っていると確認して、まっすぐ受け取っているけど、『足りない不安感』を逆撫でされた気がする感じがする時には、その情報を入れないほうがいいのです。


だって、その情報は、『愛』を乗せて発せられてない可能性が高いから。

(発した本人が、それに気がついているかどうかは別ですが)

『あなたは足りない』の呪いがかかってしまうから


相手が発する言葉にどんなエネルギーが乗せられているのか?『愛』なのか『不安』なのか?を見抜けるようになったらいいですね。


商売って大体、人の不安を煽ることで成り立つことが多くて、こういう心系のブログって不安煽ることも簡単にできるから、本当に、自分自身そういうところ注意したいなって思って、ブログを書いています。


だからね、私はセッションにいらっしゃった方にも、よーほどセッションの中で、大きなブロックが起きて次に進めなくて、別に1セッションその枝分かれした問題について扱ってくれ!ってクライアントさんの体が言っている場合を除いて、「あなたにはまだこの問題があるから、もっとセッションしたほうがいい」なーんてことを言うことはありません。


99.9パーセントのセッションでは、自分がIHが必要だと感じた時にまた受けに来たらいいのだよ、ってお伝えしています。

それくらい、私たちは、自分のこと、わかってる存在なんだって思っています。

わかってない、って頭で思い込んでいる人であっても、実はわかってる。ちゃんと繋がれている。


そりゃ、どんな人でも、IHを受けたら、より良くなるってわかってはいるのですが、


それは、


『癒されていないところがまだこんなにあるからという闇を見せつけられて』


というのと、


『やりたいこと(光)に向かう時に、進みにくいなあ~と自分が感じて、セッションの必要性を感じる』


のとでは、雲泥の差があると思っています。


どんなに闇があったとしても、なかったとしても、人によって、過去は様々だけど、光を見ることが、それこそが大切だって強く信じています。


ついつい、その道の大御所のような人に、あなたはまだこれが足りないから、、、と何かを勧められると、「私は足りないのかも。。。それなら、言われた通り、そうしよう」と不安から物事を選択しそうになるけど、


そして、ちょっと前に記事にしたけど、(またその続きは書きたいと思っています!)アルクトゥールス人の本によると、その足りない感は深いところに植え付けられていることだっていうので、もし、そんな感覚が植え込まれているってことが本当のことだとすると、「それ(不安)は自分の中に感覚としてあるものだ、でも、真実じゃない!」って目を持って、目の前に起こる出来事を判断したらいいのだと思います。


だから、不安になったら、『足りない』が刺激されることに出会ったら、要注意です!!!
「お!!こいつは愛に見せかけて、『あなたは足りない』の呪いをかけようとしているな〜!」って見抜いてください!



単に、自分の中にある、真実じゃないけど、そう感じやすいと仕組まれている(不安)部分が相手のエネルギーで活性しているだけだって、気がついて、『私は今のままで十分なんだ』って確認し直す、気がつくことが大切です。


『不安』を煽るエネルギーってとっても魅力的です。だって、不安感って誰の中にもあるものだから、それが満たされるような錯覚を覚えるのです。

だから、不安であればあるほど、そっちに流されそうになるけども、自分に軸を持ち始めると、どんな大御所が言うことであっても、自分の中の違和感に正直でいることができるのです。大御所はそう行っているけど、私はこう感じる、ってことを選択できるようになります。


私も、つい最近、結構大きな気づきがあって、言われたことに対して、ちゃんと違和感を感じれて、『いや、いや、いや、いや〜〜〜私は足りてる!!!』って思えたような出来事があって、そんな自分を心から褒めてやりました!


それと同時に、私がやりたいことって、不安を煽るのではなく、愛を広げることをやりたいんだなあ、ってつくづく思ったのでした。



実は、誰もが、ピッカピッカのダイヤモンド

足りないから~と言う行動パターンはもういらないよね。


愛に進むことなら、それを選択しよう〜〜♪








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by pineheath | 2018-02-22 16:55 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

自己責任と幼児性

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今日は、午前中のカウンセリングセッションでも午後のIHセッションでも自己責任とか、コミットすることに関する話が出てきたり、私の中でもそこにまつわる出来事があったりたので、ちょっとそこら辺について書いてみたいと思います。


自分が関わることに対して、自分が責任を持つと言うコミットをしていない状態のまま、なんとなく関わり、なんとなくやり過ごして、


その時に、何か問題が起こったとして、


そういう流れで進んでいた場合、人は、「その責任を自分が請け負います!!!」という能動的な気持ちになるよりも、


「誰か、何かのせいでそうなった!」と外側に責任を押し付けようとしてしまいます。


これって、誰かのせいで~とか、何々のせいで~~と外側に文句を言っている限り、自分に向き合う必要はないので、楽なのです。


で、それをやってしまうの事の発端を突き詰めて行くと、それは、自分がそのことに責任を持つってコミットしていないのに、それに関わっている、要は、自分が自分の内側に軸を持たない状態で、それをしてしまっていることに行き着くのですよね。


何かをする、と決めたのなら、それを自分が自分の責任でやるって決めていること、そうすると、能動的に物事に対処して、自分の頭を働かせることになるのです。


最初は、母親との関係が発端だったりするけど、自分が幸せではないことを誰かのせいにして生きる癖がついてしまうと、

自分の幸せのためには絶対必要になってくる、『自分で自分の幸せの責任を取る』ってことを、誰かに預けてしまうことになる。

で、それによって、ますます幸せの循環とは、反対方向に回路を回しているもんだから、こんなはずじゃない、って人生が続いて、それを、誰かのせいにする、外側のせいにするという『逃げの思考』から抜けられないまま、ますます、上手くいかないことへの怒りを外側に募らせることになって行く。


もちろん、無力な子供の自分をコントロールして、自主性を奪ってしまったのは、そもそも母親を中心とする人だったりするんだけど、それに対して、復讐するために自分がさらに不幸せな循環を回し続ける、復讐の人生になる、というのは、本当にもったいないことだと思います。


最初、何があったとしても、どんなに辛い子供時代だったとしても、その時のせいで、私は~~と言い続ける人生にするのか、

今、大人になった自分として、自分の人生の幸せの責任を自分が取ると決めるのか(過去から受け持ったお荷物を持ったままであっても)


その選択権は、いつだって自分が持っているんです。


私には5人の子供がいるのだけど、子育てで大事だなって思っていることって、『どうしたい?』ってその子の自主性を尊重してあげることだなって思っています。

その本人の意思で選択したことが、失敗と思えることに終わっても、そんなことは関係ない。だって、道の過程で、失敗はつきものだし、そんな中からしか、人は学べないから。

で、その時に、失敗した悲しみは一緒に受け止めてあげるけども、解決をしていくには?って所を模索させることが大事かなって思っています。

模索して解決していくってところは、考え方の部分が大きいので、ネガティブになりそうだったら、励まし、学びは何なのか?ってポジティブな側面に焦点を当てるサポートをしていく。


自分でやってみて、失敗しながらでも、進んでいく、その自己責任で物事をやる練習ができていると、『失敗しても、また立ち上がれる』というところに自信がついてくるので、力強くなってきます。


自己責任で物事がやれるかどうかって自己信頼とつながってくるし、それには自分の幼児性と対峙できていないといけないのかなって思っています。


幼児性が強いと、自分で決定せずに誰かの責任の元で生きようとする。そして、その時の不具合を相手にぶつける思考になってしまうのですね。自分の幸せの責任を自分が取らない思考になるのです。

それはある意味楽、だって、誰かのせいにしておけばいいのだから、でも、本当の意味での幸せにはなれないのです。

だって、まず、自由ではないから、誰かに頼ることで生きるって構図が潜在意識的に生まれているので、どうしても枠が狭くなる、自分が枠を取っ払って、本当に自由にできるのだったら、どうしたい?って思考を元に生きることをしなくって、まず、頼るべき誰かの存在の枠の中で自分のまあまあの幸せを獲得しようとしてしまうのですね。

そして、『頼って当たり前』の思考がどこかにあるので、自分の尻拭いを誰かにさせることに対して、違和感を感じないのですね。


今日の午前中のセッションは、自分メンテ養成の一コマのカウンセリングセッションだったのだけど、その中で「自分にとって嫌だと思うことはなんですか?」という質問をしていて、その時に、彼女が「自己責任が取れていないやり方をする人だ」って言っていました。

彼女はとても自立している、素敵な方で、自分が精神的に自立すれば自立するほど、上に書いた幼児性の高い人に対して、それ違うでしょ!って違和感を感じるようになるのですよね。


あ、で、ここでちょっとお話ししていたことの中に、それってジャッジに当たるのか?って話をしたのですが、『自分とはどんな存在でありたいのか』という、自分のこうありたいという姿、自分の美学に反したことに対することとして、違和感を感じたり、嫌悪感を生じる、ということは、自分の中に、その要素があったら、自分が嫌だと思うことなので、ちゃんと、ノーをいう必要があることなのですね。

「何かをジャッジするのは良くない」って言葉があったりするけど、それっていうのは、自分の成長を妨げるような、不必要な信じ込みから来る批判のことなのです。

だから、何かに対して、モヤっとした感情が湧いたからといって、それは、自分が不必要な信じ込みを持っていることの証拠とは限らないのだよーって話をしていました。両方あるってことなんですね。

不必要な信じ込みを手放すタイミングに来ていて、何かに対して、モヤモヤするのか、それとも、自分の美学に反しているからそういうのは嫌だ!って反応をしているのか、結構見極めが難しいと思うけど、前者の場合は、モヤモヤしつつもなんか気になる、、、って感じがする傾向があるかなって思います。そして、後者の場合は、そこに嫌悪感に近い感情がわくなって思います。


さてさて、話を戻すと、


自分の幼児性と対峙して、自立して、それによって何より大切な自己信頼が生まれてきて、自己責任で物事に対して向き合えるようになる、

だから、自分がやると決めることは=自分がやりたいことだと、自己責任を取る覚悟がつくことなので、自分がそれをやるんだ!って自分を軸に言うことができる、って流れなのかな、それか、それらは同時に成長することなのかなって思います〜。


今では、自分の幸せの責任を自分で取ることを決めて生きている私ですが、こんな過去もあったなあ(今では、過去生のように感じる話ですが


こんな記事も書いたなあ。(今ではまたシステム変更があったので、このシステムで回してはいないのですがね♪)





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by pineheath | 2018-02-18 04:24 | 自己実現 | Trackback | Comments(0)

似た出来事を引き寄せてしまうのは私の何が悪いのか?



昨日の記事にいただいたコメント



子犬に噛まれたらどうしたらいいのだろう。噛むことでしか愛を求めれないのだなと愛で包んであげようとしても傷が疼くのよー。黙ってとおまきに愛を送っても何度も何度も噛んでくる。笑


その犬がいないところに移る

そういう選択をしても

また別のワンコに噛まれるのは私の波動がマダマダですなーと試されているの??



ってコメントもらったんだけど、それに対して、


ううん~、

〇〇ちゃんの波動がまだまだだよーなんて〇〇ちゃんは受け取る必要はないよね。そう思う時(私の波動がまだまだって思う時)って、ネガティブな感情になると思うけど、そのネガティブな感情そのものが、考える方向違うよって教えてくれていることだから。

そんな目にあうのは嫌だし、こういう人間関係が望みだってこと、〇〇ちゃんは既にわかっている。

だから、その嫌なことについて、なんでそうなんだろう?私がまだダメだから?どこがダメなんだろう?って意識を向け続けていることは、そこにエネルギー注いでいることになるので、それが続くことになる。

まだ、同じような出来事が起こる時に、それについて、ああでもないとか、私がまだまだだとか、そういう思考を手放して、その状態にエネルギーを与えないこと。そして、今現在『より良くなっている』と思える、自分の人生の部分について、もっと沢山の嬉しさ(感謝)を感じる時間を沢山持てばいいだけだよね。


何か求めないことが起こる時に、私の何がいけないの?って考えることって一番しちゃいやすいことだけど、それこそが、いいことを引き寄せる妨げになってる思考だよね。ただ、いい気持ちになることを考えて、まだ、うまくいっていないことに意識を集中せずにいることがうまくいっていないと思っていたことも、気がついたらうまくいっている状況になる秘訣だと思うよ♪~~


とお返事しました。

ちょっと、そのことについて、さらに書いて見ます♪


この、『その場から離れても似た嫌な出来事を引き寄せてしまう』ってこと、あると思います。

で、そういう時って、既に自分の中にその信じ込みがあるんですよね。人は私をこう扱う、とか。上の例の場合は『愛を与えても噛みつかれる』とかね。

で、その現実が繰り返し起こる時、どうしても自分を責めがちになる。

私の何がいけなくて、私はこの現実を引き寄せてしまうんだろう?ってあれこれ考えたりして。
もちろん、それを引き寄せる信じ込みが潜在意識にこびりついているのだけど、でも、その出来事を目の当たりにしたこの今という瞬間に、自分ができることって、『ほら、やっぱりまたこのパターンだ、やっぱり私ってまただ~涙、涙』ってそのことが起こったことのネガティブさにもっていかれるのではなくて、『私が求めているのは、~~って状況だわ』って、自分が求めることを再確認するだけ、求める現実を再クリエイトし直すだけ。そして、あとは、嫌だと思う出来事に意識を持って行かれないように、楽しいと思えること、嬉しいと思えること、素晴らしいと思えることに意識を集中していくのです。


人生で似たパターンの(嫌な)事を引き寄せたりするけど、そんな時に「自分は全然現実化できていなくって、自分の人生は全然進んでいないー」って思うのは、全く無意味です。

その思考を選択するのは今で、起こった現実は過去感じてきたことの集大成だからね。

ようは、その思考をし続けていることが現実化を阻んでいる原因なので、何が起こっても、その起こったことに惑わされるのではなくて、気持ちをぶらさないでいられるようになったら、もうこっちのもんです。


だから、気持ちをぶらさないチャレンジなんです。で、そういう『嫌なこと』が起こるのは、自分の人生が進んでいっている証拠です。その時に、嫌だと感じる方にもって行かれたら、そして、それをひきづればひきづるほど、求めることの現実化は遅いものになるし、何が起こってもブレにくい自分になって、楽しい事に集中できる自分になっていったら、誰かがその出来事を見たら『嫌な事』が起こってると受け取られることでも、『嫌なこと』だと、嫌な感情を伴って受け取らずになっていって、自分が成長して行く先を受け取れるようになっていって、現実、『いいこと』もたくさん起こるっていう循環に入っていくのですね。


で、『嫌な出来事』を受けて気がついたら『嫌な気分』全開になっちゃった~そこから抜けられない~~って状態になってしまった時は、まずは嫌な気分になる自分さえもとにかくオッケイ出してあげてください。


そして、嫌な気分でいいよ~私、どんな気分であっても、それで私は私を受け止めてあげるよ~。マジ嫌だったよね~ほんと、最悪だよね~~そう感じていいよ、当然だよ~~って思っていると、ふと軽くなる時があります。

そして、寝たり、映画見たり、本読んだり、ドラマ見たり、誰かと笑いあったり、自分が少しでも軽くなることを選択するんです。そしてまた余裕が生まれてきたら、その出来事について、前ほど嫌な気分にならないような思考法があるか模索してみて、ベターな思考を選択してみるんです。


嫌な気分になっている自分を自分が受け入れないってことほど、自分のエネルギーを奪うことってないなと思っています。すでに嫌な感情が出てきてしまっているなら、それをなかったことにするのは、自分を否定していることになるので、そんなことしなくてもそれごと丸ごと受け入れたらいいんだよって思います。そこから始めて、そしたら、ゆっくり上がってこれるから、って思います

生きているって、多種多様な世界にいることなので、自分とは違うと思う出来事にもちろん出会うのだと思います。その時は、ああ、こういうの私嫌いなんだな〜自分どっち進む?って確認するチャンスです♪ 
そして、食器洗いしていたら、手が滑って、コップが割れたりしても、あ、次を買う時なんだなって受け取ればいいのです♪

そうやって、人生はより良くなって行くしかないんですよね♪♪♪





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by pineheath | 2018-01-18 15:57 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

波動が低い状態の人と接する時、自分の波動の高さをキープするいいチャンス

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波動が本質から低い人っていうのは誰もいないんだけど、その人の内なる愛の波動に同調せずに、イラつき、怒り、不満などの低い波動を発している状態の人がいます。

波動をいい状態で保とうとしていると、そういう低い波動状態になっている人と接するのが恐怖に思えたりします。その人と接して、自分も嫌な気分になってしまう(低い波動に落ちてしまう)のが嫌だから。


『光になってのもごとを見る。』ってとてもいい言葉だなあって思います。


光をあびている時、眩しい太陽の光のもとにいる時、私たちの心は、解き放たれた感じがします。その光に守られている気がします。その感じ、その感じを維持し続けるのです。実際光が当たってない時でも、実は私たちはいつだって、宇宙のその『愛』の波動がわかっている。そこから離れるのか、その立ち位置で物事を見るのかは、実は自分の選択なだけなのですよね。


親から虐待を受けて育ったり、機能不全家族で育ったりすると、子供時代に幸せな過程で育った子供が自然にしている『自分に集中している』なんてことができないわけです。


あかあさんはどう思うかな?機嫌いいかな?悪いかな?って、外の世界のことが自分の身の安全に大きく関わるから、いつも外の情報(両親の機嫌)が大切になってくるのです。だから、自分がどう感じるか、は2の次3の次。その幼少期を過ごすと、どうしても、自分に集中することよりも、外の世界を観察することの方ばかりに、意識がいってしまう。自分が置いてきぼりになってしまう。


それでは、やっぱり生き辛くって、自分の生き辛さはなんでだろうって模索して、このブログにたどり着いてくださっている方も多いと思います。


あなたの魂とかハイヤーセルフとか、宇宙としっかり繋がっている部分は、あなたが本当はどうありたいか?何を求めているのかを知っているのです。


でも、外側で、一生懸命自分を守って来た外側の自分が、外側に目を向けるのをやめられないでいるのです。だから、外の出来事に、一喜一憂して、外の世界が下す判断が自分にとって最重要のものになって、ついつい、自分を置いてきぼりにしてしまっているのです。


自分一人でいるときは、自分に集中できるけど、誰かがいると、自分に集中できない、一人でいる時のような心地よさを維持できないって感じて、人と一緒に何かをすることを避けるようになったりもします。


自分がいい波動状態の時(いい気持ち、心地よい時)突然、機嫌悪い人に遭遇したりして、その人の機嫌の悪さ(低い波動)に引っ張られて、嫌な気分に陥いるのが怖かったりしませんか?


悪い気分になるのは、その人のせいではなく、全部、それを引き受けた自分の責任なのだとしたら、どうでしょう?


その、相手の不機嫌を引き受けるのをやめることを決意するんです。


実は、不機嫌な人って、その人本人の今の状態に、怒っているだけであって、その状態の時に、目の前にあなたがいたって言うだけなんですね、だから、その人は、あなたを見て、小言の一つも言いたくなるし、あなたを否定したりしたり、直接何かを言ってこなくても、クサクサした態度で不機嫌を表現してくるのです。

その状態の母親に育てられると、子供は自分のせいで母親は不機嫌なんだ、って思いがちだけど、それは、母親自身の問題なだけ。彼女が自分の愛の状態からかけ離れすぎているから、不安で苦しくて、『不機嫌』になっているだけなのですよね。


そう言う時、本当に苦しいのは、実はその人なんだけど、その人は、波動が高い状態である目の前のあなたが目障りになったりするんです。だって、自分は苦しいのに、なんでいい気分なんだ、こいつは!って心のどこかで思うわけです。


子供の時には、訳も分からず、目の前の不機嫌にただただ耐えるしかなかったかもしれないけど、今はもう、大人として、『その不機嫌は私には関係がない』と拒絶する権利を持っています。


そしてね、そういうことが起こった時、「これは、自分の波動を相手に影響されて落とさないための、めちゃくちゃいいチャンスだわ!」って受け止めるのです。


もう、影響されないぞゲームですよ


だいたい、波動を高く、いい気分でいることを選択しよう!って決心していると、そう言う出来事にすぐにぶち当たります。笑


そのうち、『いい気分』いい波動状態が決意とか無しに普段の状態として定着した時には、そんな不機嫌な人にぶち当たる経験もしなくなる(というか、もう自分の目に入らなくなる)のですが、移行期には、ブレない自分になるための影響されないぞゲームがやってきます。


最初は、あえなく失敗します。目の前の不機嫌な相手に飲み込まれまいと抵抗しているんだけど、気がついたら飲み込まれていて、さらには、波動を維持できなかった自分を責めたりし始めます。笑(悪い気分がさらに悪い気分、考えを呼ぶ)

もうね、そうなると、悪循環が始まりますよね。


それって、きっと、誰もが通る道です。

でも、数回失敗しても、その度に、どうやったら波動を維持できるのか?って自分が試行錯誤すると、そのうちうまくできるようになってくるんです。


で、失敗が悪いわけでは全くなくて、それは、貴重な成功につながる学びなのです。大事なのは、いい波動状態に戻そうって思っていること。そして、それに対して、試行錯誤してみること。

基本的に、いい波動の状態で自分を保てていると、自分がいい気分だし、楽だし、いいことばかりが起こるのだから、そこにいない手はないんだけど、人によっては、どうせ自分はうまくできないなんて自己卑下して、低い波動状態の悪循環にい続ける思考をし続けたりしてしまいます。


数日前のセッションで、『光になって』って言うキーワードがクライアントさんの目標設定で出てきました。その方は、職場で自分に対して言われることに対して、イラついたり、お母様にイラついたりしている状態でした。

でも、その外の出来事に、自分が飲み込まれる必要なんて、何にもないんです。自分の感情まで持っていかれる必要なんて何もないんです。その人たちは、その人たちの事情で、今、そのことをやっているだけなのだから。


エイブラハムだったかな?捨てられて、雨に濡れて、びしょびしょになっている子犬が苦しんでこちらに吠えてきている時に、その犬にイラつくか?って話だ、みたいなことを言っていたと思うけど(うる覚え)

今、あなたは、その状態なんだね。と認識すればいいだけのことであって、その子犬がこちらに吠えてきているのを自分のせいだとか、自分が足りないからだとか、自分が認められないで苦しいとか、そういう風に受け取る必要は全くないよね、って話でした。わかりやすいなあ、って思って聞いた覚えがあります。


さて、次の影響されないぞゲームがやってきた時、今回の記事をちょっと思い出してくれたら嬉しいです大丈夫、できるから



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by pineheath | 2018-01-17 07:10 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(2)

あけましておめでとうございます❤️

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2018年明けまして、おめでとうございます!

さて、いよいよ2018年の幕が上がりましたね!
今年はどんな年になるでしょう。年末、年始って、一年を振り返り、これから始まる一年について立ち止まって考えるという、とても貴重な時間だなって思います。普段は今を駆け抜けているから、止まる時間って本当に必要ですね。

皆さんは、今年はどんな一年にしようと思いましたか?

私は、年末、年始に何かと子供達とべったりしている時間が長くって、ゆっくり自分だけに向き合う時間が取れなかったのだけど、昨日(3日)の朝はやっと(笑)少し早めに目が覚めたので、子供が寝ている間に、もう一度お隣のお宮さんに手を合わせに行きました。


目指している方向とか、やりたいことに対して、焦りとか、苦しみとかはもう必要なくって、そこには行くことはわかっているから、その道を楽しむことにエネルギーを使って行くってことだなってわかりました。一歩先、一歩先しかわからないけど、そこを感覚に従って自分にまっすぐにたどっていけばいいんだな〜って感じです。

そして、日常の中では、子供は風邪をひくし、『いいこと』ばかりではないのだけど、そんな一見、逆境(?)な時に、無理にポジティブでいるということは、ほんと必要ないことなんだなってわかったことも、最近の気づきです。

その時をただ、淡々と過ごせばいいだけ。逆境があっても、それでもいい。それに対して、自然と出てくる感情を受け止めるだけ。
その出てくる感情に対して、違うことを感じようとして、頑張って、操作してポジティブにする必要なんて何にもないんだ、っていうか、それをすると、余計、自分のエネルギーが下がるんだなって思いました。

よく、引き寄せとかを意識している人は、ネガティブだったら、ネガティブなことが引き寄せられる〜〜って思って、エセポジティブになったりするけど、笑、それをやると、自分のエネルギーはかなり下がります、っていうか、逆になかなか上がってこれないです。

怒りとか、悲しみとか、そういう一見ネガティブな感情だって、『愛』の状態に戻るために、通過する感情だったりするので、そして、人って『愛』の状態が本来の状態だから、そこからずれた感情でい続けることってできないので、その通過するだけの感情を、変に抑えることで、なかなか『愛』にいけなかったりするんだな、って。

私たちにとって、感じる感情を、自分が受け止めてあげないことが一番の、自分のエネルギーを下げる要因なのですよね。

無理にポジティブでいる必要もなければ、自分がネガティブな感情な時に人のせいにする必要もない。もちろん、ネガティブな感情の時は『愛』の状態からずれてて、自分はしんどいのだけど、それでも、無理にエセポジティブになるより、しっかりネガティブを自己処理したほうがいいのです。

ずれたっていいのです。『愛』からずれるときがあったって。ずれる時には、それは意味があって、生み出す何かがあるのだから。
自分に向き合って、じゃあ、どうあったらいいのか?どうなりたいのか?ってことを見極めるチャンスなのだから。

『愛』の状態が心地いいって誰もが知っている、その状態の時には、私たちは心地いいのです。だからそこへの戻り方がわかっていればいい。


みんな、ますます、本来の自分に近づく年になると思います。やりたいことをやりたいタイミングで、会いたい人に会いたいタイミングで会える。
本来の自分は、制限付きで頭で考えるよりも、もっと大きな欲求があるし、もっと可能性があることを知っているのです♪

そう、あなたにはもっと大きな可能性がある。頭で制限するのはやめにしよう。

1年単位で大きく変化する2012年以降なので、今年もまた、どんな大きな変化があるのか、ワクワク、ドキドキ楽しみすぎです!

みなさんの今年はどんな年になることでしょう!一緒に楽しみましょうね〜っ♪






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by pineheath | 2018-01-04 17:08 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

今年もたくさんのありがとう!!!!!

午前中は対面セッション、午後はスカイプセッションで、今年2017年のセッションは終わりでした~~。


今日の午前中は、初めての方でしたが、セッション後には相変わらず、すでに何年もお友達のような気がしたし、午後は、馴染みのクライアントさんだったけど、その日のトピックに関しての話で盛り上がったし、で、ああ、本当に素晴らしいお仕事をさせていただいています。


セッションをすることで、私は、私の軸をいつも思い出すことができていること、クライアントさんが、『愛』からずれたときに、『愛』に戻ることに伴奏させてもらえること、やっぱりそれは、この上ない喜びだなあ、ってしみじみ思った今日でした。


そんなことを思っていたら、クライアントさんからも、

『IHに出会えて本当にありがたい』

『自分がずれた時に、IHの助けを借りれることが本当にありがたい』

って、言葉を聞けて、まさに、まさに、それは私も思っていることなので、そうだよねーそうだよねー、って話しました。


本来の光り輝く自分に戻る事って、IHに頼らないと、絶対できないことではなく、いろんな方法があるんだと思います。

でも、IHを知って、その恩恵を受けれていることが、本当にありがたいなあって思うのです。


自分が『愛』の状態からずれた時、その時には、内なる自分の高い波動よりも、低い波動に共鳴してしまっているので、嫌な気持ちが沸き起こっているのだけど、私たちは、時に、その波動に絡みとられて、元のいい状態に戻れなかったりして苦しかったりします。


いい状態の自分で居たいというのは、誰もが願って願って願ってやまないことなのだけど、ついつい、絡みとられるような低い波動に注意を向けたり、それを批判したり、それに対して、ああでもない、こうでもないと意見してたりして、気がついたら、『自分が』その低い波動と同調してて、見たくない現実ばかり見てしまう(引き寄せる)ことになってしまいます。


嫌な気持ちがしていたら、自分が向けてしまっている意識は、自分が求めていることじゃないよね?自分がしている思考は本来の『愛』の思考からかけ離れてしまっているよね?と気づいてあげてほしいと思います。


私たちは、『嫌な気持ち』ってことに、本当に鈍感になっている部分があると思う。


もっと、純度を上げて、もっと、敏感になって、自分が影響されている事に焦点を合わせないで、気持ちが良くなることに焦点を合わせるということを練習したら、24時間のうち大部分がいい気持ちになるように自分を持っていけるようになるのですよね。


『あの人が私を嫌な気持ちにした』『あの人がこう言ったから、私はムカついている!』ってな具合に、人に影響されて、自分が嫌な気持ちになるのを許さないで、人がどうあっても自分がいい気持ちでいることを一番の優先事項にすることを、一刻も早くし始めてほしいと思います。


どんな環境でも、幸せでいられる、それをやっていたら、気がついたら、周りには幸せしかなかったことに気がつく時が来るんですよね


『だけど、あの人が目の前にいるから、腹が立って!!!』って言いたい人もいるでしょう。そんな時におすすめしたいのは、『寝る前に嬉しいことを考える』こと。

なんでもいいです、嬉しいこと、ホッとすること、感謝できること、自分が『愛』に近付く感じがすること、なんでも良くって、それを感じるor考えながら寝るんです。そしたら、寝て起きた朝も、その波動で起きることができるから。

そうやって、自分をいい状態に整えることを、私は、『下駄を履く』って言ってます。いい状態に整えておくための事って、本当に色々あって、寝たいだけちゃんと寝る、疲れを溜めない、リラックスする、好きなことをする、etc,そうやって、自分でちゃんと下駄を履いた状態で居たら、目の前に嫌な出来事が起こった時にも、少々踏ん張れるから。その嫌なことに引きづり込まれないで、自分を保って居られるから。


そして、失敗して、嫌な出来事に自分を引きずり込まれたとしても、それは、一つの学びのチャンスだっただけなので、自分を責める必要もないのです。

大事なのは、引っ張られない自分になるぞ!私は、誰がなんと言おうと、誰がどうであろうと、自分が自分を幸せにするぞ、幸せな状態で居続けるぞ!という、その覚悟です。


自分がまずは幸せじゃないと、誰のことも幸せにはしてあげれません。


自己犠牲に成り立つ愛なんて、最もいらないものなのです。

自分が自分を愛し、尊重し、無条件に愛するからこそ、他者に対して、同じ目線を向けることができるのです。だからね、レッツ自分を整えよう♪


敏感になって、反応して嫌な気分になっている自分を見つけて、『反応して→嫌な気分』のサイクルを破ること、それができたら、『何が起こっても→いい気分』になって、その次には『いいことしか起こらない(ように見える)→いい気分』になってます♪


さあ、2017年も残りあと数日。今年も、色々あった年でしたね~~。たくさんの嬉しいことを思い浮かべながら、たくさんの有り難かったことを思い浮かべながら、今日も眠りにつこうと思います。


2018年1月はリレーションシップのセッションでほぼいっぱいです♪1セッション1セッションどんなセッションになるのか、今からとっても楽しみです。そこには、どんなストーリーがあるのか、伴奏させていただけることがこの上ない喜びです。

お申し込みくださった方、お会い出来るのを楽しみにしています。

2月からは通常セッションになりますが、土曜日ご希望の方は早めにお申し込みください~。土曜日は人気です♪


そして、自分メンテインストラクター養成2期は今日が締め切りです~~♪

3ヶ月、自分に向き合うぞ!という方はご連絡ください!


ではでは!!みなさま、よいお年を~~~!!今年も本当にありがとうございました!


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by pineheath | 2017-12-28 18:06 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

人生なんてクソだとしか思えない時


頑張っている自分


努力している自分


達成していっている自分


ちゃんとしている自分


ちゃんと料理する自分


ちゃんとお肌のケアする自分


ちゃんとヨガする自分


ちゃんと家を整えている自分


丁寧に生きる自分


人に優しい自分


子供に優しい自分


Etc, etc, etc…


そんなことがどうでもよくなる時がある。


そして、


頑張んなくてもいい


努力しなくてもいい


達成できなくてもいい


ちゃんとしなくていい


ちゃんと料理しなくていい


ちゃんと肌のケアしなくていい


ちゃんとヨガしなくていい


家なんて整えなくていい


丁寧なんてクソ喰らえ


人になんか優しくしたくない


子供にだって優しくしたくない

Etc, etc, etc,,,



としか思えない時ってありますよね。



でね、どっちの自分だって、それで大丈夫なんです。


上のように、『より良く生きる❤️私頑張る!』ばっかりなんて、できるわけない。


それには揺り戻しが必ずあるのです。


『より良く生きる❤️私頑張る!』の自分しか認めれていないと、『人生なんてクソだ!!!』と思えてしまう自分を『自分』が許せなくなる。


ここで、自分と自分が仲違いしてしまうんですね。


それで、いい状態の自分にはオッケイ出せるけど、落ちてると感じてしまう自分はオッケイ出せない、否定してしまうことになる。

つまり、自分が『丸っと自分』を受け入れていないってことになる。


それって、『褒められるために頑張る』『認められるために頑張る』をやってきた子供の頃と、全然変わらない。自分に褒めてもらえるために、自分に認めてもらうために、『頑張る私』をし続けるのは、何か見たくない自分の部分から目を背けるために、無理して頑張っているのと同じなんですね。


『人生は意味があるものだ』って、思いたいのだけど、その『意味』をつけるのは自分でしかない。


『素晴らしいことやってなんぼ』

『人のためになれてなんぼ』

『努力してなんぼ』

『成功してなんぼ』

『怠け者は良くない』

『お金稼げないといけない』


自分が持っている、知らず知らずの信じ込みが、『自分がただただ幸せで生きる』ことを邪魔している。


人生で感じることができるのは『今』だけで、その『今』を感じる、五感を使って味わうことに、素晴らしいこと、も、素晴らしくないこと、も、存在なんてしないんですよね。


大勢の人前で、感銘を与えるようなスピーチをしている瞬間も、その高揚感が素晴らしいだろうけれども、

あったかい布団にくるまって、ぬくぬくしているその瞬間も、その肌触りと、温度と、心が緩くなる感じを感じきる、そこに浸れる、かけがえのない素晴らしい時間。


だって、きっと、冬の戦場で、命を落とした戦士たちは、そのあったかい感覚を渇望して亡くなっていったと思うから。その戦士たちは、人に感銘を与えるスピーチをしている自分の感覚を渇望しては死んで行かないんだろうな、って思うから。


私たちは、それを味わえる、十分幸せな環境に生きていると思う。


だから、自分にとっての、もういらない信じ込みを手放すこと、そして、今あるこの幸せを感じきること、それが幸せってことなんじゃないのかな、って思います。


『どんな自分でもオッケイ』

どんな自分でもオッケイだと、自分を自由にしてあげた時に、あなたはじゃあ、今、何したい?

自分が選択できる範囲の中で、自分の最高の幸せを選択していってください


いきなり、お金もないのに、『世界一周旅行』とか言わないで。笑。


それって、よくありがちなことなんだけど、大切なのは、『今の自分の選択できる範囲』での最高最善を選ぶこと。


そして、それを選べることのありがたさを感じてみてください。


世界一周できないことを嘆くのではなく、


ぬくぬくの布団で寝れることを、


あったかい服に包まれることができることを、


手をつなぐ子供がいることを、


食べ物がすぐに手に入ることを、


今ある、自分の既に持っている選択肢に感謝をするんです、そして、それを五感を使って感じきり、最高にいい気持ちでいること。


そこから善循環が始まります


うん、来年の末には、世界一周しているのかもね♪

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by pineheath | 2017-12-08 11:01 | 自己実現 | Trackback | Comments(0)

人生の幸福度は、全体的に上がる。そのために自分に向き合う

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ホリスティックヘルスカウンセリングで使う図で、上のようなサークルオブライフというものがあります。

それは人生を12の側面に分けて見るチャートなんだけど、


その12の側面って、


Spirituality 心、精神性、、、これは、別に、俗に言う『スピリチュアル』であるべき、とかではなくて、何かを信じる気持ちとか、自然と触れ合って、あー気持ちがいいと思える心のこと。


Creativity 創造性、、、これは、今、自分が満足いくだけの創造性を発揮して生きているか?ってこと。部屋の模様替えでもいいし、仕事メニューを考えるでもいいし、ルーチンワークになってないか?ってことです。


Finance 収入、、、これは、満足いく収入(家族からのサポートも含めて)が得られているか


Career キャリア、、、自分が満足いくキャリアをつめているか?


Education 教育、、、これは学歴とかのことでは無くて、興味のあることに対して、学びの姿勢があるかどうか


Health 健康、、、自分が満足いく健康状態か


Physical activities 運動、、、体をどれだけ動かしているか?満足いく位動けているか?


Home cooking 家庭料理、、、安心な心のこもった料理を食べているか?


Home environment 家庭環境、、、安全で、心が温かくなる満足な環境に生きているか?


Relationship 人との繋がり、、、たくさんの友達を持っていなくてもいいけれども、心が通じる繋がりを少なくてもいいので持っているか?


Social life 社会生活、、、いく仕事があったり、会合があったり、社会生活に関わりを持てているか?


Joy 喜び、、、人生に喜びを見出して生きることができているか?自分の喜びを自分の日常どれだけ大切にしているか?



ですです〜。


さあ、どうでしょう。下を読む前に、自分で満足度を0点(不満足)から10点(大満足)の特典をつけてみてください。上の図をプリントアウトして、今日の日付とともに、図の中に書き込んでもいいですね。




もちろん人によって、自分の満足度が高めな項目、まだ満足していない項目っていうのがあるんだけど、それでも、どれかだけはめちゃ良いけど、他は全然ダメ、、、っていう場合は、嘘が混じっている可能性があるなって思っています。。。


セッションでは、自分でその点数を出してもらった後に、筋反射で、潜在意識としての満足度を出していきます。

そこではもう、嘘がつけません。笑


頭で、いい点数だと認識していても、そう思い込もうとしているだけだと、筋反射で出してくる点数は、頭で出したものよりかなり低い点数になってしまいます。


そしてね、頭で考えて出した点数で、たとえ、キャリアバリバリの方で私は自分のキャリアに満足している、と、いい得点をつけていて、一見素晴らしい状態に見えていても、他の項目で満足いく結果が出ていなくて、得点が低い場合というのは、


その素晴らしい状態に見えているキャリアでさえも、実は自分の見たくない部分、隠しておきたい部分を見ないために、穴埋めするために頑張っている『逃げの材料』である可能性が高かったりします。


だから、本当にそれをやりたいのか?と突き詰めて考えると、そうでもない場合もあったり、

または、何かの穴埋めのためにやっているので、自分の限界を超えて、無理してやってしまったりしてしまうんです。


人の成長って、自分が逃げている課題、自分の本当に向き合わないといけない課題に立ち向かって初めて、達成されていって、その結果、外に現れている上にあげた、12の項目がいい感じに回り出すんですね。


「より良くなるためには、何を改善したらいいと思いますか?」って質問されたら、「もっと運動したらいいと思う」とか、「もっと添加物の少ないものを食べたらいいともう」とか、「もっと、人と交流したらいいと思う」とか、自分がやったほうがいいことって、一つや二つ、自分でわかるものだったりします。


それでも、わかっているけど、なぜか、それができない、続かない。


その、なぜかできない、、、いいとわかっているのに、、、の根底にあるのが、自分が逃げている、見たくない課題だったりするんですね。


意志の力、とか、我慢の力が強いタイプの人は、自分の心を押し殺して、頑張れちゃうんです。でも、そのツケを払うことになるのは、自分でしかないんです。


最終的に、自分の心を無視した頑張りは自分の本当の幸せへの遠回りになるし、限界になってもやり続けているので、体が不調を訴えだします。


だったら、さっさと自分が逃げている課題に向き合ったほうがいい。


それは、本当にワサワサすることかもしれないし、ウエ~~って吐き気が湧きそうなことかもしれない。


でも、勇気出してそこをクリアーにしていくと、視界がくっきり変わります。


自己成長のために必要なのは勇気なんだなあってつくづく思います。


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by pineheath | 2017-12-07 10:20 | ホリスティックヘルス | Trackback | Comments(0)

自分はこんなもん、って思うのをやめよう♪

人生って自分オリジナルのステージ(段階)があって、次のステージに行く時は、チャレンジがいつも待ち受けているって思っています。


そのチャレンジを超えて、次に行くのを選択するのも自分、チャレンジせずに、今のままでいるのも自分。


次の段階に進む時って、前の段階のことを手放す瞬間が生まれるから、その瞬間には何も掴んでない状態の心もとない感じになるので、『え?私、本当に大丈夫、、、?』ってえらい不安に思うんだけど、ちゃんと信じていれば次の段階に入って行って、次に受け取るものが落ちてくるんです。


次に行くサインですよ~~ってどこかで分かっているけど、それに対して見て見ぬ振りなんかしていると、そのチャレンジは逃げれない形で、せざるを得ない形でやってきたりして、強制的にことが起きたりします。笑。


私たちの魂は、どっちみち、行きたいように進んでいるんだと思います。ただ、どのスピードでそれをやっているか、やることにするか、は、その人のブロックがどれくらい無いかにかかっているなと思います。


別にスピリチュアルに限った話ではなくて、スピリチュアルという世界に全く興味ない人でも、スピリチュアルなんて、嫌っている人でも、笑、潜在意識のブロックが少ないと、人生サクサク幸せな方、幸せな方に進んでいきます。


幸せって表現って、すごく曖昧なので、この頃は『快適な方、快適な方に進む』という表現も使ったりするんだけど、幸せかどうか、って快感かどうかを自分に聞いてみたらわかりやすかったりします。


快の感覚を持っていることなのか、不快な感覚を持っていることなのか、で、今自分がやっていることを見直してみると、自分の24時間のうちどれくらいが、快を感じている時間で埋められているのか、見ることができます。


どうしても、思っている現実が引き寄せられないという人は、24時間のうち不快を感じている時間の方が多いのだと思います。


もうね、これはパーセンテージ。

でね、私たちは、何か、自分が向き合わないといけない問題から逃げている時、蓋をしているときは、快適だーって、心からは感じることができないです。だって、当然だよね、その蓋している、見ないようにしているところから悪臭漂ってきているんだから。臭いけど快適、ってありえない。生ゴミの横で快適ってありえない。


逃げたいこと、見ないようにしたい気持ちってすごくわかる。

本当に、見たくないよね、なんなら、なかったことにしときたいよね。

でも、それはあなたの人生にすでにある。


すでにある、その見たくないこと、それに向き合うってチャレンジがあなたを次のステージに進めてくれることになるんです。



向き合わないで、ないことにしたふりしておくんじゃなくて、その悪臭放っていることに対して、自分はどうしたいか?って自分なりの結論を出すんです。


うん、おえーってくらいしんどい作業。『THE 自分に向き合う』なのでね。


それが、すっごくしんどい作業だってことは、私は、もう本当に、いやってくらいわかってます。だって、やってきたからね。


でも、それが、しんどい作業なのに、お勧めするのには理由があって、それをすると、確実にあなたの視界が晴れるから。そして、ちゃんと、快、不快をクリアーに感じることができる自分になるからです。


それが自分の中での純度を上げるってこと。


純度を上げるためには、『自分は、どうせこんなもん』って諦めてるところをもっと、大切にしてあげるってこと。


自分は、一番大切な存在って、自分が大切にしてあげるのです。


でね、思いっきり大切にする時期を経て、そうすると、自分を大切にってことよりも、自分がやりたいことをどんどんやっていきたい、たとえ疲れても!って段階に入っていくんだと思うのです。


『もう、自分大切にっての、いいから~』って感じ。


でも、それができるのって、自分のエネルギーがちゃんとチャージされているからできるわけで、エネルギーの切り売りして自分の魂の切り売りしてきた人(つまり、楽しくないけど、~~べきで動いてきた人)は、まずは自分のエネルギー貯めようね、って思います。


そして、そのためには、快、不快に正直になろうね、ってことで、その、快、不快に正直になるためには、まずは蓋しているところを開けなきゃいけないよね、って話なのです。


大丈夫、あなたは大丈夫。蓋あけたって、大丈夫。


あなたの人生は、こんなもんじゃないでしょう!







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by pineheath | 2017-10-13 10:28 | 自己実現 | Trackback | Comments(0)

自己価値のありか

私、自己価値が低いのかもしれない。


そう思ったことがある人ってどれ位いるでしょうか。


つい先日、夫と話ししていて、


夫:「今度、福島に仕事で行くけど、一緒に来る?」

私:「え~!行っていいの!うわーちょっと待って私の予定は、、、」


というやりとりがあったのです。


でも、夫にとって、私に一緒に来る?って持ちかけた時の私のリアクションが不思議でならなったと、後から言うんです。


私が夫から誘われて初めて、そこに一緒に行く許可を与えられたって感じていること、そして、ソワソワと、喜んで予定を確認していること。

夫の気持ちとしては、私はいつだって、行きたきゃついて来ればいいし、そうしないのは、したくないからなんだろうと思っていたわけだけど、そうではなくて、『私が許可が与えられていないことを、できるとは思ってもいない』ってことに違和感があったそうなのです。


でね、私、言われてみて気がついたけど、そう言うところ、あるんですよねー。

私の役割を先に考えてしまって、私がどうしたいか、と言うのは、二の次になっちゃう。


許可が与えられていないことをやれるとは思ってもいない、みたいな。


夫が福島に行くってことは前から知っていたけど、それに私がついて行っていくというチョイスははなから私の中に存在していなかったのです。


で、このことって、自分の人生の舵取りを自分がしていない事に繋がります。

舵取りを人に任せておいて、『私は許可が下りないからできない』って文句を言う羽目になったりします。


『そもそも、これやりたいって言ってないでしょ、あんた!』って感じですよねー。笑


で、この信じこみって私の場合は母親から来ているのは考えたらすぐ明らかな事。

いや、もしかしたら、日本の女性は、『主婦とは~、母とは~』って形で、知らず知らずに植え込まれている信じこみなのかもしれません。だからね、母もある意味、その被害者。


でね、『そんな風に思ってしまう私は、自己価値がないんだなあ~』と、思いそうになって、


私:「やっぱり、夫くんは自己価値が高いから、普通にそう思えるんだよ。私は、ここまで自己価値あげて来たけど、やっぱり元々の自己価値が低いところからスタートしてて、それがまだ残って居るのかもしれない。それは、私は育った時、お母さんいつもしんどそうに子育てしてたし、私、居るだけで価値があるって思えんかったもん。」


みたいな話するわけです。


で、私がそれを言った時に、夫くんのびっくりする顔。


「いや、間違いなく、けいちゃんの方が、自己価値は高いよ。だから、その説明はちょっと納得できない」って言うんですね。


そこで、もう一回『自己価値』って何?って考えてみました。


でね、わかったのは、自己価値って、潜在意識の個人的無意識層の部分ではなくて、魂とかの部分にある、すでに誰もが持っている絶対的なもの。


だから、『自己価値低い』なんて言葉って、本当は存在するはずないのです。


自己価値低かったら、この地球上に出現してないでしょ、そもそも、って話になっちゃいます


でも、なんで、私たちが、自己価値低いって、思っちゃうのかっていうと、そのさっきの『個人的無意識層』のところに、『私は価値ないよ』って、思い込んじゃう出来事が蓄積してしまっているから。


それが、ほとんどの人はまずは、お母さんが、自分を育てた時に、幸せそうじゃなかった、苦しそうだったって事だったり、

または、誰かから、いじめられた、ってことがあったり、

または、アクシデント的に、街で不機嫌な人に絡まれた、とか。たまたま、先生が意地悪な人だった、とか、そういうの。


でもね、その部分って、本質的な自己価値(=魂の部分)の上に乗っかかってるだけなのですよね~。


まるで、存在価値ないよって、『勘違いさせる』『出来事』が記憶の奥底に残っているだけ


それは決して、『存在価値ない』『自己価値ない』とはイコールではないのです。


その、個人的な無意識層にへばりついている『自己価値低い感』って、元々は、出来事とかが先にある『経験』が先にあることだから、顕在意識でそう認識して、そう受け取って、それが潜在意識に落とし込まれたってことだから、何度でも認識し直す作業って有効だったりします。


元々の生まれたての赤ちゃんだった時は、自己価値10000パーセントだったのだから


そこから、いろんなヘドロをつけて今、ある状態が自分だって勘違いしている。



自分が自己価値低い的な判断とか、行動とか、を無意識にしそうになってたら、


『あれ、私、今、自己価値低い動きしようとしてない?』って気づいてあげるのです。


そんで、


あなた、本当に、その自己価値具合でイイワケ?って自分に聞くのです。


『嫌だ!私はもっと価値ある存在だ!!』って声を確認して、

(そう主張してくれない場合はIHセッションへお越しください~自己破壊プログラムとかが回ってるかもです。。)


じゃあ、自己価値高めな私だったら、どういう行動するの?って自分で聞いてあげるんです。


自己価値低い人って、誰かが、自分に怒ったりした時にも、『私が怒らせたのが悪い』になるし、

誰かが不機嫌だと、『私がなんか悪いことした気がする』になったり、『自分が相手の機嫌を良くしてあげないといけない気がする』になるし、とにかく、相手の問題で、あなたの問題じゃないよね?ってことを、自分の問題のように、引き受けてしまうのですよね。


まず、機嫌悪い人はほっとこう


自分のご機嫌は、自分でとろうね、にこっ


の精神でいけるようになるだけでも、ずいぶん楽に生きれるようになります。


で、私の場合は、

『許可されてないことでも、やりたいことはやっていい』という経験がなかった(少なかった)だけ。

要は経験不足なだけなのですね。


だって、『主婦とは~』、とか、『母親とは~』とか、『女性とは~』とか、の信じこみで、『許可されたことの中で、好きにやっていい』、って制限付きの自由しか経験したことがなかったから。


なんだよー、制限付きの自由な中で私は自由とかって思ってたけど、それってすでに、自由なのかわからんじゃん、ってことがわかった次第です。笑


そう、まだまだ、信じこみだらけですね~~。もっと、もっと、自分には必要ない信じこみを取り除いて、大きく羽ばたきたいなあって思った出来事でした


あなたの信じこみはなんですか?

Line@始めたので、今日の記事の気づきをシェアしてくれたら嬉しいです❤︎

なんかねー私がこうして活動しているのはなんでかなあ、って思ったら、やっぱり誰かとつながるためなんだなあって思ったんですよね。


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by pineheath | 2017-10-12 12:11 | 自己実現 | Trackback | Comments(0)